名古屋高等裁判所 平成8年(行コ)35号 判決 1999年12月27日
主文
一 原判決主文第三項以下を次のとおり変更する。
1 控訴人aは、名古屋市に対し、金二億一〇〇〇万円及びこれに対する平成二年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人財団法人世界デザイン博覧会協会は、名古屋市に対し、金二億一〇〇〇万円を支払え。
3 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 控訴人bのその余の控訴を棄却する。
三 訴訟費用中、第一、二審を通じ、控訴人a、控訴人財団法人世界デザイン博覧会協会、被控訴人ら及び参加人につき生じた費用の各五分の一を控訴人a及び控訴人財団法人世界デザイン博覧会協会の負担とし、その余の費用を被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
2 (控訴人bの主位的控訴の趣旨)
被控訴人らの控訴人bに対する訴えをいずれも却下する。
3 (控訴人bの予備的控訴の趣旨及びその余の控訴人らの控訴の趣旨)
被控訴人らの控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 事案の概要
事案の概要は、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。
当審における当事者の主張は、別紙控訴人らの主張の要旨及び被控訴人らの主張の要旨各記載のとおりである。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、被控訴人らの控訴人bに対する訴え(原審却下部分を除く。)は適法であるが、本案については、控訴人aに対する二億一〇〇〇万円及び附帯請求並びに控訴人協会に対する二億一〇〇〇万円の請求の限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がないと判断するものである。その理由は、次項以下のとおり加削訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第四 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。
二 原判決六七頁一二行目の末尾に「丙一五ないし七一、」と、同六八頁初行「同c、」の次に「控訴人a、」と付加する。
三 原判決七一頁二行目「要した費用」以下同四行目「記載されていた。」までを次のとおり改める。
「要した費用が取得価額として記載されていた。また、控訴人協会以外の者が設置したものについては、デザイン博開催
に際して、同控訴人は施設からストリートファニチャー等に至るまで多種のものをイラスト入りで単価を明示して一般に参加を募ったが、これを元に参加者が同控訴人に提出した書面に記載した金額を会場設置価額と定め、これに二割ないし、ものによっては半額以下までの減額をした数値を各物件の取得価額として、右転用可能施設一覧表に記載した。なお、控訴人協会が施設参加に際して示した単価は、控訴人協会が独自に設置した同種のものの単価に比べても価額に差異はない。」
四 原判決七八頁初行「右(四)」とあるのを「右(一)(4)」と改める。
五 原判決八二頁九行目「右1」以下同八三頁初行「そして、」までを削除し、同二行目「(転用評価額)の」とあるのを「(転用評価額)、右は先に認定したように控訴人協会が設置したものにも、また同控訴人以外の者が設置したものにもそれなりの信頼すべき根拠をもとに算出されていたが、なお」と改め、同八行目冒頭以下同八四頁四行目末尾までを削除する。
六 原判決八九頁初行冒頭以下同九〇頁二行目末尾までを削除する。
七 原判決九〇頁七行目「同c、」の次に「控訴人a、」を付加する。
八 原判決九〇頁一二行目末尾に行を改め次のとおり付加する。
「(8) 被控訴人らは、本件各契約の目的物は入札の方法によらず随意契約によって買い入れられたのは地方自治法施行令一六七条の二第一項二号に違反し違法、無効であると主張する。
しかしながら、本件各契約の目的物は博覧会の残置物であり、一部のものを除けば広大な土地や施設においてのみ利用できるストリートファニチャー、時計塔、シェルター等元々用途や利用者の制限されたものが殆どであること、農楽図陶壁等後に認定するように名古屋市が特に買い入れる価値のあるものもあったこと、売り手の控訴人協会は存続に時間的制限があったこと等を合わせ考えれば、名古屋市がこれらをまとめて、競争の方法によって購入するのが困難なものとして随意契約によったことは裁量の範囲内のこととして違法と認めることはできない。したがって、この点の被控訴人らの主張は採用しない。」
九 原判決九五頁九行目末尾に行を改め次のとおり付加する。
「(4) 控訴人aは、平成元年一一月ころ初めて、d室長から名古屋市の各局によりデザイン博で出展された物件の購入が検討されていることを知り、既定予算の範囲内で購入できるということだったので、その方針を了承した旨当審において供述する。しかし、前記(原判示)認定のとおり、平成元年一一月ころは各局の購入希望物件と購入予定額がほぼ確定した時期である。それまでの間、市の幹部会や各局が合計約一〇億円にも上る多額の物品購入について繰り返し検討しているのに、市長である控訴人aがこれを全く知らなかったということ自体、不自然である。また、右供述内容は、まだ購入希望物件等が定まっていない同年九月末か一〇月初めには控訴人aに対し購入の話を報告したとする控訴人eの供述内容とさえも一致しない。これらの点と前記検討結果(原判決九〇頁末行冒頭から九五頁九行目末尾まで)とを併せ考慮すれば、結局、控訴人aの右供述は、同控訴人に赤字回避の目的があったと認定されることを極力回避する意図に基づく供述である可能性もあるというべきであって、信用できない。」
一〇 原判決九五頁一一行目末尾に行を改め次のとおり付加し、同九八頁五行目冒頭から同頁八行目末尾までを削除する。
「 被控訴人らは、本件各契約は双方代理によるものであって、民法一〇八条の類推適用により、無効となり、無効な契約に基づく本件の支出が違法である旨主張する。
ところで、地方公共団体の長は、当該地方公共団体の財産の管理処分に関しては、当該地方公共団体の利益、ひいては住民の利益のために、忠実にこれを行う義務を負うと解される。そして、長が地方公共団体を代表してする随意契約に当たり、同時に、契約の相手方をも代表してその利益を図る立場に立つこと(双方代理)は、相手方の利益を図る結果、地方公共団体の利益を損なう危険があるから、右の義務に違反するものであって、民法一〇八条(あるいは同法五七条)の類推適用により、その契約の効力は直ちには地方公共団体に帰属しないものと解される。しかし、双方代理行為による契約であっても、契約当事者間に実質的な利益相反の関係が存しない場合には、地方公共団体の利益が損なわれる危険はないから、契約の効力は地方公共団体に帰属するものと解される。そこで、」
二 原判決一〇〇頁三行目末尾に行を改め次のとおり付加する。
「(4)ア ところで、控訴人協会は、名古屋市とは別個の法人として設立されたが、その目的は、名古屋市の市制百周年記念事業を円滑に運営することにあり、代表者も市長が就任し、事業終了後における控訴人協会の損益が名古屋市に帰属する関係
にあったこと等から、控訴人らは、名古屋市と控訴人協会との間には実質的な利害の対立がなく、民法一〇八条は類推適用されない旨主張する。
イ 証拠(丙五、一三、一四、原審証人f)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認定できる。
(1) 名古屋市ではかねてより、市制百周年の記念行事を企画し、昭和五八年には各界の有識者からなる名古屋市制一〇〇周年記念事業懇談会を、昭和六〇年には市議会に市制百周年記念事業促進特別委員会を設置し、討議検討を重ね、昭和六一年四月、右記念事業のメイン・イベントとしてデザイン博を開催することが報告され、これに沿って控訴人協会が設立された(昭和六一年一二月二六日設立許可)。
(2) 控訴人協会は、名古屋市におけるデザイン博の準備及び開催運営を行うことを主たる目的とする財団法人で、会長に名古屋市長が、副会長に名古屋市助役が、専務理事、常務理事に名古屋市幹部職員が就任し、事務局も名古屋市職員を中心に構成されたものであるが、同時に、名古屋市に関係のある地方公共団体や経済団体等の協賛を得る等の目的から、これらの団体も設立に参加したものであり、その設立段階の基本財産は二二五〇万円で、名古屋市が拠出したのはそのうち一〇〇〇万円とみられ、他の副会長には名古屋商工会議所副会頭、愛知県副知事、中部経済連合会副会長、名古屋港管理組合副管理者が就任し、理事には、中京地域の財界や学識経験者らから約三五名が就任した。なお、控訴人協会の運営に関する重要な事項は理事会において決することとなっている。
(3) 寄附行為によれば、控訴人協会は昭和六五年三月末日までに解散することとし、解散の際における残余財産の処分方法については、学識経験者等からなる評議員会の審議を経た後、理事会において理事現在数の四分の三以上の議決を得、かつ、通商産業大臣の許可を得て、控訴人協会と類似の目的を持つ他の法人または団体に寄附するものとする旨定められている。もっとも、解散の際に負債が残存するおそれがある場合の補填方法については特段の規定はない。
ウ 右事実によれば、控訴人協会は名古屋市の行政的施策であるデザイン博の準備及び開催運営をする目的で設立されたもので、法人の組織も名古屋市の手足となり得る構成となっていると認められるから、名古屋市と控訴人協会との取引行為が右の目的に沿ってなされる場合には、両者間には実質的に利益相反の関係が生じないこともあるとみることができる。しかし、本件各契約は、前記(原判示)認定のとおり、デザイン博の準備及び開催運営自体に直接関係する行為ではなく、デザイン博終了後に控訴人協会に残存することになる使用済み財産を売却する行為である。そして、右認定のとおり、デザイン博終了後の控訴人協会の財産関係は、名古屋市の財産関係とは別個のものであって、名古屋市は控訴人協会解散後の残余財産を当然に取得し得る地位にあるものではなく、右の寄附行為の規定のとおり、名古屋市以外の法人または団体に寄附されることもあり得るのである。そうすると、デザイン博で使用後の物品の売買契約に当たり、控訴人協会の財産的利益を図ることが、最終的に名古屋市の財産的利益を図ることになるとは当然にはいえず、両者の利益は相反する関係に立つということができる。
エ なお、右の点につき、控訴人らは、名古屋市と控訴人協会とが一体のものであること、また、デザイン博が名古屋市の事業の一環として行われた以上、控訴人協会はもちろん、名古屋市としてもデザイン博の赤字により第三者に迷惑をかけることはできないのであって、本件各契約による名古屋市からの資金供給を通じて第三者に迷惑をかけないように控訴人協会を清算するという点では、名古屋市と控訴人協会との利害が一致しており、利益相反関係がない旨をも主張する。
しかし、右認定のとおり、名古屋市と控訴人協会とは別個の法人であることは明白であり、また、控訴人協会の基本財産に対する名古屋市の拠出額の比率は五〇パーセント以下であり、証拠(原審証人g)によるも、当時の名古屋市の幹部は、控訴人協会の設立には名古屋市以外の団体も加わっていることは十分認識しており、両者に利益相反が生じないような一体性があるとまでは考えていなかったものと認められる。また、第三者に迷惑をかけないという点で利害が一致し得るとしても、それは事実上の事柄に過ぎず、法的な関係をみるかぎり、本件各契約について、控訴人協会の代表者は、赤字の回避のため、名古屋市側の物品需要にかかわらず、売買代金総額が赤字の補填に足りる多額のものとなるように行動することが求められるのに対し、名古屋市の代表者は、物品の購入という手段を用いて行動する際には、デザイン博の赤字とは関係なく、必要な物品を安く購入することが求められていた筈であって、このような両者の法的な立場が利害の相反するものであることは明らかであるし、現に、前記(原判示)認定のとおり、本件各契約の代金合計額は第三者に迷惑をかけない範囲の額を超え、控訴人協会に二億円余りの剰余を生じさせるものとなっているのであるから、名古屋市と控訴人協会との間に利益相反の関係が生じていなかったなどとは認定できない。
(5) 以上によれば、本件各契約に当たり、名古屋市と控訴人協会との間には実質的にも利益相反の関係が認められるから、本件各契約の効力は直ちには名古屋市に帰属しなかったものと認められる。」
三 原判決一〇三頁八行目冒頭から一二六頁二行目末尾までを次のとおり改める。
「イ 地方公共団体の長による利益相反行為につき、民法一〇八条(あるいは同法五七条)の類推適用により、その効果が本人である地方公共団体に帰属しないとしても、本人である地方公共団体がその行為を追認した場合には、民法一一六条の類推適用により、その意思に沿って本人に法律効果が帰属するものと解すべきである。
これに対し、被控訴人らは、地方自治法一四二条を引用して、地方公共団体の長による利益相反行為は、解釈論上、追認の余地がない旨主張する。しかし、本人にとって利益相反行為が利益となるか不利益となるかは、実質的に判断されるものであり、また、民法一〇八条(あるいは同法五七条)を類推適用しながら地方公共団体の追認の余地を認めないといった解釈は、一貫性を欠き、追認するか否かの選択権を本人である地方公共団体に与えない点で、かえって地方公共団体の利益を損なうおそれのある解釈というべきであり、利益相反行為禁止の制度の趣旨にもそぐわない解釈である。地方自治法一四二条は、地方公共団体の長と地方公共団体との間に定型的に利害関係を生ずる場合につき、長の代表行為の有無を問わず、関係私企業の長、委員等になること自体を禁止し、もって生じ得る弊害を未然に防止する趣旨の規定であって、現に利益相反取引がなされた後の法律効果の帰属の場面において、地方公共団体の意思を無視して取引を絶対的に無効とすべきことを要求する趣旨の規定と解することはできない。したがって、被控訴人らの右主張は採用しない。
そして、右類推適用により追認を認める場合、追認すべき機関は、団体とその執行機関との間における利益相反行為につき、類似の関係に関する商法二六五条等を考慮すれば、右は議会である
と解される。すなわち、議会は住民の代表機関であると共に、地方公共団体の意思決定として基本的、重要なものを掌握しているという意味で最高意思決定機関と認められる。そして、追認の根拠が本人の法律効果引受意思にある以上、私法上の追認と同様に、追認自体は明示のものでも黙示のものでもよく、また、追認の意思表示の内容は、執行機関に対する法律行為権限を付与することを明示するものでなくとも、単純に利益相反行為に基づく法律効果を地方公共団体に帰属させる意思が表明されれば足るものと解すべきである。
これを本件についてみるに、右(原判示)ア(1)(2)の各議決の段階で、名古屋市議会は、本件の各契約がなされたことを認識しその当否を議論した上で、本件各契約により控訴人協会が収入を得たことを前提とする報告を承認し、あるいは本件各契約により名古屋市が取得した物品の活用のための予算を盛り込んだ次年度予算を可決しているのであるが、右承認ないし可決の各議決は、追認意思を直接表明したものではないにしても、本件各契約が市長が代表者を兼ねる控訴人協会と名古屋市との間の取引であること自体は認識した上で、本件各契約の効果が名古屋市に帰属することを前提としてなされた行為であるというべきである。また、証拠(甲五一ないし三〇七)及び弁論の全趣旨によれば、名古屋市は右各議決の時点を含め今日までの間、本件各契約により引渡を受けた物品等につき、有効適切に利用活用しているか否かは別として、別紙控訴人ら主張の要旨別表「現在の利用状況」欄記載のごとく使用できる物は使用しており、本件各契約の効果を引き受ける態度を示してきていると認められ、逆に、本件全証拠によるも、名古屋市が、右各物品等を控訴人協会に返還する意向を示すなど本件契約の効果を引き受けない態度を示したことは皆無であると認められる。これらの事情からみれば、遅くとも平成二年三月二六日の右(1)の承認議決の時点で、名古屋市議会は本件各契約の効果を名古屋市に帰属させる意思を黙示的に表明したものと理解できるのであり、これをもって追認があったと認定できるというべきである。
もちろん、名古屋市議会が利益相反行為を追認しても、契約の効果が名古屋市に帰属することになるのみであって、本件各契約につき、市長らに裁量権の逸脱、濫用等の違法がある場合には、右追認によりその違法が治癒されることはない。
(四) 以上によれば、本件各契約は、利益相反行為ではあるが、追認がなされたものと認められるから、本件の支出の違法性を本件各契約が無効であることから帰結することはできない。しかし、本件の支出の違法性については、なお、裁量権の逸脱、濫用等の観点からの検討の必要がある。
4 本件各契約における裁量権の逸脱、濫用について
(一) はじめに
被控訴人らは、本件各契約について、その動機・目的が違法であること、加えて必ずしも購入の必要性のないものを、価格の妥当性につき十分吟味もせず、随意契約の制限に関する法令に違反して締結した点でも違法であること、控訴人協会が赤字でなければ、名古屋市は必要な物件を無償で取得したに違いないこと等を指摘し、売買における裁量権を逸脱したものである旨主張する。
これに対し、控訴人らは、本件各契約において名古屋市が購入した物品は、美術的芸術的価値を付与されている代替性のない物品等であり、名古屋市は、これらを記念に残す目的で、各局で検討した必要な物を、合理的な価格算定方式により算定した価格で購入したのであるから、違法ではない旨主張し、また、名古屋市は、デザイン博が赤字となった場合には、補助金等により、控訴人協会の赤字を補填すべき立場にあったが、控訴人協会が財産的価値のある物品等を無償処分した後に、名古屋市に対し補助金を要請することは現実的ではなく、補助金交付が市議会等で承認されるには、物品等を有償処分した上でなお赤字が発生するといったやむなき事態が前提となると考えられることからも、本件契約による事後処理が適法である旨主張する。
(二) 随意契約による物品購入の違法性、裁量の範囲
(1) 地方公共団体の随意契約による物品購入行為は、当該地方公共団体の行政上の施策を実施するための物的基礎を確保する行為であるから、政策実施に関する政治的方針を背景に、予算や財務の状況、物品の市況、個別取引の事情、その他複雑多岐な政治的、行政的、経済的要素の影響を受けて行われるものであって、その契約時期、契約内容等については、地方公共団体の長に裁量権が付与されていると解される。しかし、右裁量権は法令の規制に従って行使されるべきは当然であるところ、地方財政法四条一項では、地方公共団体の経費は、その目的を達成するため必要かつ最少の限度をこえて支出してはならない旨規定しており、物品購入行為は必然的
に代金の支出を伴うのであるから、右の裁量権も右規定により制約を受けるものと解される。
そして、地方公共団体の長が、法律上随意契約が許される場合に、当該地方公共団体の施策のため必要な物的基礎を確保する目的で、購入の際の諸事情からみて不適正とはいえない価格で物品を購入することは、何ら違法ではないが、右の目的とは異なる目的で物品を購入したり、当該地方公共団体にとって必要でない物品を購入したり、本来無償で取得し得る物を有償で取得し、あるいは、適正価格を大きく超える価格で購入することは、裁量権の逸脱、濫用であって、違法であると解される。
そして、随意契約に当たり、地方公共団体の長等に、裁量権の逸脱、濫用等の違法があり、これにより地方公共団体に損害を生じさせた場合には、損害賠償責任の問題が生ずるものと解される。
(2) 右の点につき、控訴人らの主張中には、控訴人協会の清算処理に関し、当初から補助金交付の名目で控訴人協会の弁済への助成を行うか、控訴人協会の所有物件の売買契約の中で、売買代金名目で補助金の趣旨を含ませるかの選択については、もとより何ら法的規制がなく、行政裁量に属する事柄であるとして、名古屋市が、控訴人協会の赤字を補填する趣旨を含ませて物品を購入することが違法ではないと主張すると理解し得る部分が存する。
しかし、前記地方財政法四条一項の「その目的」とは、経費を負担する行為に通常伴う目的を意味すると解すべきであって、物品を購入する内容の売買契約であれば、当該地方公共団体の施策のため必要な物的基礎を確保する目的がこれに当たると解すべきである。「その目的」を右のように解さず、経費を負担する行為に通常伴わないような目的を有する場合もこれに含まれるとすると、目的の設定の仕方次第で際限なく支出がなされる可能性があり、そのような解釈は同条項の趣旨に反することは明らかである。したがって、物品を購入する内容の売買契約の目的として、契約の相手方に対する補助金を交付する趣旨を含ませることは、同条項に違反し、違法である。
さらに、控訴人らは、補助金交付が市議会等で承認されるには、物品等を有償処分した上でなお赤字が発生するといったやむなき事態が前提となると考えられることから、本件各契約による事後処理が現実的で適法である旨主張し、控訴人aの当審における供述中にもこれに沿う部分がある。
しかし、仮に、市議会が、関係団体に対する補助金交付を承認するに当たり、当該団体に対し、物品等を有償処分した上でなお赤字が発生するといったやむなき事態を要求するとすれば、その意図は、少しでも市の財政支出を少なくする意図に基づくとみるべきである。したがって、市の関係団体が、赤字の問題に直面した際、保有する物品を任意に購入希望者に売却して赤字の回避に努めるのであればともかく、市長が、市議会による補助金の承認が容易に受けられないからといって、赤字回避の目的で、市の財政支出により、市に本来購入予定がなく、また、当該団体も本来有償処分を計画していなかった物品を、あえて有償で取得するがごとき行為は、右の市議会の意図に反することは明らかである。むしろ、そのような市の支出行為は、市議会による補助金交付に関する審査を経ずに実質的に補助金たる金員を売買代金として支払うことに他ならないというべきであって、まさに補助金の支出に関する手続的規制を潜脱する行為となり、適法とは解し難い。したがって、市議会による補助金交付の承認が困難であっても、そうでなくても、赤字回避の目的に基づく支出は原則として違法である。
(3) 右の点を本件についてみると、本件各契約は、前記(原判決七八頁2(一))のとおり、デザイン博が赤字となることを回避するという目的で予算の範囲内で急遽締結されたものと認められるところ、地方公共団体が、その関係団体の赤字回避のために本来有償譲受を計画していなかった物品を購入する行為は、契約締結行為としてみれば、一種の他事考慮に基づく行為であるというべきであり、原則として、地方公共団体の長に与えられた前記物品購入の裁量権の範囲内にある行為とは解されず、そのような行為は、通常、本来無償で取得し得る物品を有償で取得することや、不必要な物品の購入、適正価格を超える支払等を伴うとみられ、地方公共団体に財産的損害を与える危険を有する違法な行為と解すべきである。
(三) 次に、本件各契約の違法性について、当事者らの主張に鑑み、各建造物、物品等の性格をも考慮しながら、検討を加える。
(1) 証拠(乙一の1、2、二ないし一一、一二の1、2、一三ないし二三、二四ないし三四の各1、2、三五ないし三七、三八の1、2、三九ないし四五、四六の1、2、四七、四八の1、2、四九、五〇の1、2、丙一五の1、一五の1の2ないし4、一五の2、一六ないし二〇、二一の1、二一の1の2ないし5、二一の2、二一の2の2、二二ないし五〇、五一の1、2、五二ないし五八)によれば、本件各売買契約の目的物について、控訴人協会が売買契約または請負契約により取得した際の金額、ないし、控訴人協会が第三者による施設の提供の方法により無償で取得した際、事前に第三者に対して提案した各施設の建設または設置の額は、別紙控訴人ら主張の要旨別表の「会場設置価格」欄記載のとおりであり、同様に、各目的物につき、控訴人協会が名古屋市に対して示した価格は同別紙「転用評価額」欄の、本件各売買契約に基づき名古屋市が購入した価格は同別紙「名古屋市購入金額」欄の、購入後の設置場所は同別紙「設置場所」欄の各記載のとおりであると認められる(ただし、原判決別紙(一)(16)本丸ステージにつき、控訴人協会が名古屋市に対して示した価格は一億二〇〇〇万円と認められる。丙七)。
(2) 原判決別紙(一)(26)以下(34)の購入について
当事者間に争いのない事実及び証拠(乙一六五ないし一七一、一七六ないし一九〇、丙八の3、六九、七〇、原審証人h)によれば、創造の柱(四六三五万円)、農楽図陶壁(七九七二万二〇〇〇円)その他名古屋市計画局が購入した計二億四一二〇万六一二〇円の施設、物品は名古屋市が白鳥会場にデザイン博に際して建設した国際会議場(白鳥センチュリープラザ)周辺の白鳥公園に組込まれて、現在、控訴人ら主張の目的を果していると認められる。
被控訴人らは、右創造の柱、農楽図陶壁の買取金額が元々無償で控訴人協会が取得したものであることを考えれば、これを有償で取得することは不当であると主張するけれども、デザイン博の趣旨及び前記名古屋市のデザイン都市宣言を明らかにする市の施策としての買い上げと認められること、控訴人協会は施設参加者には参加に際して各種広告媒体を通じて参加のPRをし、名前の規格に従って表示すること等も約束していること(丙六一)に照らせば、一方的に控訴人協会が前記各施設等を利得したものともいえない面があることや名古屋市の予算規模を合わせ考えれば、この購入は裁量を逸脱したものとは認められない。この点の被控訴人らの主張は採用しない。
(3) 原判決別紙(一)(16)本丸ステージ(市の購入価格(消費税込)七九六七万〇五〇〇円)について
前記(原判示)認定及び証拠(甲三、乙一六、一二三、丙二四、三四、三五)によれば、本丸ステージは、デザイン博開催期間中、名古屋城会場に設置された建築物であるが、その建設工事費総額(消費税を除く。)は一億四四八七万一〇〇〇円であり(これには、右名古屋城会場における史跡保護のための基盤工事追加工事費二四八七万一〇〇〇円が含まれる。)、そのうち建築物自体の材料費は五〇〇〇万円程度とみられること(丙二四によれば、右の追加基盤工事を除く当初の建築工事見積額から工賃や給湯、電気設備関連費等を除いた建築物自体の材料費の見積額は約五〇〇〇万円程度とみられる。右材料費の建築工事費に対する比率は約三五パーセントである。)、本丸ステージは、音響効果の高いステージとして建設された仮設建築物であって、それ自体として特に芸術的価値が高いものではないこと、本丸ステージは、本件契約後、新たに約九〇〇〇万円の追加費用をかけて東山公園内に再築され、再築後の本丸ステージは、仮設ではなく、音響効果とは関係のない休憩所及び倉庫として建て直されたが、再築までの間、解体された材料が野積みにされてしばらくの間雨ざらしとなって放置され、また再築後の屋根の材質が再築前のそれと異なるなど、再築に当たり、名古屋市が購入した材料がどの程度利用されたのかも不明であることが認められる。
以上の事実によれば、本丸ステージに関する本件契約の後、名古屋市の再築にあたり役立ったのは購入した材料の一部にすぎず、前記購入価格のうち、右材料費の一部に相当する金額を超える部分は、経済的観点からすれば不要なものであったといわなければならない。
控訴人らは、本丸ステージのデザイン料や撤去費用を考慮すべきであると主張するが、本丸ステージは名古屋市の記念事業のためにデザインされたものであるから、本丸ステージを取得するに当たり、名古屋市が控訴人協会にデザイン料を支払うべき必然性はなく、また、本丸ステージは仮設建物であり、本来的にその撤去が予定されていた筈のものであって、やはり、控訴人協会が名古屋市にこれを譲渡するに当たり、本来自ら負担すべき撤去費用を請求しうる立場になかったことも明らかである。前記(原判示)のとおり、本丸ステージについては、当初農政緑地局が欲しくないと考えていた(原審証人i)のをc助役からの要請によって購入することになったといった経緯をも併せ考慮すれば、名古屋市が右のような追加費用の負担の重い仮設建物を取得すべき必要性には大いに疑問があるし、仮に、名古屋市が本丸ステージを記念として再築残存させるという政策を持つことについては合理性があり得たとしても、再築に有用な材料の中古価格以上の価値があるとは認め難く、八〇〇〇万円近い代金を支払う必要性も合理性も認められない。結局、本件契約(16)は、赤字回避の目的により右のような高額の代金額を約束したもので、実質的には補助金を正規の手続を経ずに支払うことと同一の行為と評価できるから、物品購入に関する裁量権の逸脱、濫用に当たり、違法であると認められる。
(4) 右(2)、(3)、以外の建造物等について
前記認定(原判示)、証拠(乙一の1、2、二、六、七、一〇、一四、一五、一七、一八、三〇の1、2、三一の1、2、四三、四五、四九、五三、五六、六五、六六、七二、八四、一一五、一一六、一一七、一二五、一二六、一三〇、一三一、一四六、一四七、二七六、二八九ないし二九一、二九六)及び弁論の全趣旨によれば、本件各契約により取得された物の中には、車庫、鉄骨造平屋、シェルター、レストコンプレックス、便所、休憩所、営業施設、サテライト、ボックス等、移設に当たり相当額の設置工事、建設工事を要するとみられる建造物等があること、これら建造物等は、特段そのデザイン性が問題とならないものや、デザイン性があるとしても、デザイン都市を創造する等の名古屋市の施策の推進に大きな効果があるとまでは認められないものであって、また、移設後の設置状況からみても、特に購入する差し迫った必要性があったとは考えられないものも含まれていること、これらの建築物等につき、本件各契約の際の名古屋市の購入価格(消費税分を除く。)は、会場設置価格(会場設置価格不明の場合は、取得原価をもとにしたとみられる転用評価額)の六五パーセントのものが大半を占めるが、中には八〇パーセントを超えるもの、さらには購入価格が会場設置価格を超えるものも散見されることが認められる。
そして、右会場設置価格は建築工事費用等を含む価格であるが、移設を前提とすれば、これらの建造物等は、移設工事の費用負担が重く、単価も大きいものであって、前記のとおり、名古屋市の他には購入を希望する者がなかったばかりでなく、名古屋市のような地方公共団体でしか利用しえないものが殆どで、控訴人協会としては、買い手がなければこれらの処分方法にさえ困ったとみられるから、名古屋市がこれらの建造物を取得するにしても、赤字回避の目的がなければ、かなりの低価格で譲り受け得る可能性もあったというべきである。結局、これらの建造物が名古屋市でその後それなりの利用のされ方をしていることを参酌しても、名古屋市が各会場設置価格等の六五パーセントの高額の対価を支払うべき合理的理由はなかったものと認められる。したがって、これらの建造物に関する本件各契約による支払については、赤字回避の目的に基づき、実質的には補助金を正規の手続を経ずに支払ったのと同一の行為と評価できるから、物品購入に関する裁量権の逸脱、濫用に当たり、違法であると認められる。
(5) その他の物品について
以上の外、本件契約により取得された物品には、前記(原判示)認定のとおり、放送用スピーカー、ベンチ、大形電光表示板、電話交換機、クーラー、樹木、投光器、フラッグポール、交通サイン、放送用アンプ、ツリーサークル、ごみ箱、すいがら入れ、外灯、フラワーフェンス、プランター、案内板、時計塔等、移設のためにさほど費用を要しないとみられる物品が多数あるが、これらは、特段そのデザイン性が問題となららない物品や、デザイン性があるとしても、デザイン都市を創造する等の名古屋市の施策の推進に大きな効果があるとまでは認められない物品であって、また、特に購入する差し迫った必要性があるとは考えられない物品も多く含まれていること、証拠(前記(1)掲記の各証拠、丙七、八の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば、これらの物品の大半について本件各契約の際の名古屋市の購入価格(消費税分を除く。)は、会場設置価格(会場設置価格不明の場合は、取得原価をもとにしたとみられる転用評価額)の九五パーセントから九八パーセントの価格であったこと、中には購入価格が会場設置価格を超える物品も散見されることが認められる。
そして、これらの物品はデザイン博で使用後の中古品であり、弁論の全趣旨によれば、このような中古品を取得するのに通常必要な価格が、会場設置価格等の九五パーセントもの高額であるとは認め難く、また、前記と同様に、これらの物品についても、名古屋市の他には購入を希望する者がなく、控訴人協会としては、買い手がなければこれを廃棄ないし専門業者に廃棄費用程度の低価格で売却する等の外なかったとみられるから、名古屋市がこれらの物品を取得するにしても、赤字回避の目的がなければ、かなりの低価格で譲り受け得る可能性もあったというべきであり、結局、名古屋市が各物品の会場設置価格等の九五パーセントに相当する高額の対価を支払うべき合理的理由はなかったものと認められる。したがって、これらの物品に関する本件各契約による支払についても、赤字回避の目的に基づき、実質的には補助金を正規の手続を経ずに支払ったのと同一の行為と評価できるから、物品購入に関する裁量権の逸脱、濫用に当たり、違法であると認められる。
5 控訴人らの責任原因について
(一) 控訴人aの責任原因(この項につき、「本件各契約」には本件契約(49)を含まない。)
前記(原判示)のとおり、デザイン博が赤字となることを回避する目的は、控訴人aを含む名古屋市と控訴人協会の幹部職員が関与して定めたと認められること、平成元年一〇月初めころまでに各局から購入希望の出された物件の数が少なかったことから総務局から購入物件を増やすように要請がなされたこと等、前記認定の本件各契約締結に至る経過に照らせば、控訴人aにおいて、自ら決裁した契約(本件契約のうち、(10)、(16)、(17)、(34)、(36)、(39)、(45))について認識があることはもちろん、その余の本件各契約についても、代決者により契約が締結されることを認識し得たと認められ、また、本件各契約の購入額の規模が一〇億円程度となることも認識し得たと推認することができる。そして、デザイン博が赤字となることを回避する目的をもって、控訴人協会が本来有償処分を予定していなかった使用後の施設、物品を、約一〇億円にも上る金額で買い受けることが、名古屋市の財産権を侵害する危険があることは、予見可能であったと認められるから、控訴人aには、本件各契約につき、自ら決裁承認しない義務、あるいは、代決者ら補助職員に対し契約を締結しないように指導監督すべき義務があったものと認められ、それらの義務に違反した結果、本件各契約が締結され、これに基づく支出がなされたのであるから、右義務違反をもって、控訴人aの故意ないしは過失と認めることができる。右認定に反する控訴人aの供述及び供述記載(丁一、当審控訴人a本人)は、採用することができない。
(二) 控訴人eの責任原因
(1) 原判示のとおり、控訴人eは、本件契約(18)の購入の意思決定をしたのであるが、本件各契約中の他の契約については、購入の意思決定も契約締結行為もしていない。
したがって、控訴人eは、本件契約(18)以外の契約に関して、「当該職員」として損害賠償責任を負うことはないというべきである。
(2) そこで、控訴人eが本件契約(18)に関して損害賠償責任を負うかどうかについて判断する。
控訴人eは、名古屋市の助役として、市長を補佐して、前記助役以下代決規定(原判決の事実及び理由の第二の一4(一)(1)ア(1))の担任事務を中心として市の行政全般にわたって監督する地位にあったのであり、また、証拠(原審控訴人e本人)によると、デザイン博の担当助役であったことが認められるから、控訴人aが市長であるとともに控訴人協会の会長であること、右のとおり、控訴人aの方針に基づき、控訴人aの意を受けて、デザイン博が赤字となることを回避するために、名古屋市が控訴人協会から先に認定した規模、内容のデザイン博で使用した施設等を買い受けることとなったことの認識があったものと認められる。
したがって、控訴人eは、本件契約(18)について購入の意思決定をすることが名古屋市の財産権を侵害する危険のあることを認識していたか、仮に認識していないとしても、そのことに重大な過失があるというべきである。
(三) 控訴人bの責任原因
前記(原判示)認定、証拠(乙三二〇の2ないし4、原審控訴人b本人)及び弁論の全趣旨によれば、名古屋市では、支出負担行為の確認は、債権者からの請求書及び支出命令書によって行われていること、支出命令書には、金額、支出先、支出の趣旨(例えば、「世界デザイン博覧会会場〇〇の購入」)等が記載されていること、控訴人bは、収入役という名古屋市の幹部職員で幹部会の構成員であるから、平成元年九月ころのデザイン博についての客観的な情勢についてもある程度認識していたものとみられること、また、名古屋市が控訴人協会からデザイン博で使用した施設等を購入することについては、右幹部会において話題になっていたこと並びに控訴人協会から名古屋市が購入した目的物や価格は、右支出命令書及び請求書から明らかになることが認められる。そうすると、控訴人bは、自ら支出負担行為の確認をしたもの(本件契約のうち、(3)、(6)(一部の支出命令に係るもの)、(8)、(10)ないし(17)、(18)(一部の支出命令に係るもの)、(27)、(30)ないし(37)、(39)(一部の支出命令に係るもの)、(40)(一部の支出命令に係るもの)、(41)、(43)(一部の支出命令に係るもの)、(45)の各代金の支出)について認識があることはもちろん、その余の本件各契約(ただし、本件契約(19)ないし(23)、(49)を除く。)についても代決者が支出負担行為の確認をすることを認識し得たと認められ、控訴人aの方針に基づき、デザイン博が赤字となることを回避するという動機で、名古屋市が控訴人協会からデザイン博で使用した施設、物品を買い受けることを認識していたと認められる。
しかし、まず、前記(原判示)のとおり、本件各売買の方法自体は、各局から希望を出させた物品について、代金額の算定方法も一定の算出方法により定めまた予算の範囲でなされたものであって、本件の証拠関係からは、控訴人bにおいて、各局から出た希望が各局内部の行政施策実施のためには不必要なものであると認識していたと認めることは困難であるし、代金額の算定方法が違法であるとか、裁量権の逸脱、濫用の違法があるとかを認識ないし判断していたことを直接裏付ける証拠もない。したがって、控訴人bが故意に法令に違反して支出負担行為(本件各契約)の確認(代決者によるものを含む。)をしたと認めることはできない。のみならず、地方公共団体の売買契約について、裁量権の逸脱、濫用の判断や性質上競争入札に適しないか否かの判断は、事の性質上、誰もが一義的に判断できることとはみられず、本件各契約についても、一般に収入役が少しの注意を払えば右各点に関する違法を認識し得るとまでは認め難いというべきものであるから、これを十分審査しないからといって、重大な過失であるとまでは認めることができない。
なお、控訴人bは、双方代理行為が禁止されることは知っていたと認められるが(原審控訴人b本人)、前記のとおり議会の追認が認められる以上、右の認識のみをもって控訴人bの責任原因を肯定することはできない。
(四) 控訴人協会の責任
(1) 不法行為について
控訴人協会に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、不当利得に基づく返還請求と選択的併合の関係に立つと解されるから、まず、不法行為について検討する。
控訴人協会は財団法人であり、また、前記(原判決事実及び理由の第四の二3(一)(1))の
とおり、本件各契約は、常時決裁をすることとされている者による契約を含め、控訴人aが、控訴人協会の物品を売却するという職務を行うにつき、控訴人協会の会長として控訴人協会を代表して締結したものと認めることができる。ところで、前記認定によれば、控訴人aは名古屋市に対し、売買契約を締結する際、控訴人協会の赤字を回避する目的などに基づきその裁量権を逸脱、濫用してはならない法的義務を負っていたと認められ、控訴人協会の代表者として行動するにあたっても、依然として名古屋市に対する右の法的義務を負うと解されるところ、過失により、右の義務に違反して、控訴人協会の代表者として、名古屋市との間で、自らないし常時決済者を通じて本件各契約を締結してその代金を支払わせたことになるから、これによって名古屋市に財産的損害が生じた場合には、控訴人協会は名古屋市に対し法人の不法行為に基づく損害賠償責任(民法四四条)を負うものと認められる。
(2) 不当利得について
不法行為に基づく損害賠償請求については後に認定するとおり被控訴人らの請求の一部が認められるにすぎないから、残余部分に関して不当利得返還請求が維持されることになる。しかしながら、本件契約(49)を除く本件各契約につき、名古屋市への契約の効果の帰属に関しては、前記のとおり議会による追認を認めることができるから、双方代理等による契約の効果不帰属を根拠とする不当利得返還請求は認められない。
また、前記地方財政法四条は、地方財政の処理に関する行政上の準則を規定するものであって、これに違反する行為の私法上の効力を直接否定する趣旨を含むものではないと解されるから、地方自治法二条一六項(平成一一年法律第八七号による改正前のもの)の規定にもかかわらず、本件各売買契約が当然に無効となるものではない。
したがって、控訴人協会に対する不当利得返還請求権は認められない。
6 損害について
(一) はじめに
前記(原判示)認定によれば、本件各契約により名古屋市が支出した金員は合計一〇億三六三一万九三二四円であり、残務整理後に最終的に控訴人協会に残存する残余財産は二億一〇〇〇万円と認められ、右支出額と残余財産額との差額は、八億二六三一万九三二四円となる。
(1) 被控訴人らは、議会の民主的監視、民主的コントロールを回避してなされた違法行為に基づき当該地方公共団体が被った損害は、当
初に支出された金員それ自体を損害とすべきであると主張する。
しかしながら、地方自治法第二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟において住民が代位行使する損害賠償請求権は、民法その他私法上の損害賠償請求権と異なることはないというべきであるから、損害の発生、損害の額、すなわち当該加害行為がなかった場合の利益状態とこれが発生したことによって生じた利益状態との差額の主張立証責任は原告にあると解すべきである。
これを本件についてみると、地方公共団体の随意契約による売買が違法であるからといって、直ちにその支払い代金全額が当然に賠償すべき損害になるのではなく、(1)違法な売買契約の結果生じたであろう地方公共団体の財産状態と、(2)かかる売買契約がなかった場合に地方公共団体に生じたであろう財産状態とを対比してその差額をもって損害と解すべきである。そうして仮に違法な売買契約がなかったとしても、控訴人協会が負債を抱え、かつ、その負債につき名古屋市が支払資金を拠出せざるをえぬ立場にあったとすれば、右支払金相当額は違法行為の有無を問わず名古屋市が負担すべきものとして前記損害を確定すべき要素となるべきものである。したがって、この点の配慮をすべきでないという被控訴人らの主張は到底採用することはできない。
(2) すでに認定した事実によれば、デザイン博は、かねて名古屋市が企画していた市制百周年記念事業の一環として行われたものであるから、名古屋市の施策を実施したものとも考えられるところ、控訴人協会がデザイン博の準備及び運営の過程で負担した債務ないしは残務処理のための必要経費につき、控訴人協会が支払能力がない場合には、控訴人aの当審供述によっても認められるとおり名古屋市の補助金に頼らざるをえぬ蓋然性は極めて高かったといわなければならない。
しかしながら、補助金は、予算に計上して議会の議決を経なければならぬ事項であるところ、本件デザイン博について控訴人協会は、二度にわたる予算の改訂によって二五〇億円の予算が計上されていたにもかかわらず、主として主催者関連事業費、施設建設費において、予算どおりの入場料収入があっても賄いきれないほどの大幅に予算を上回る支出をしている点(丙一三、一四)や控訴人協会は名古屋市の他に愛知県等四団体が構成員となっていて、それぞれが少なからざる出資をしていることを考えれば、八億二六三一
万九三二四円、前記裁量逸脱がない売買と認められる白鳥公園関係の支出二億四一二〇万六一二〇円をこれから控除しても五億八五一一万三二〇四円全額が名古屋市の補助金のみにより、補填される保障などどこにもないといわなければならない。してみれば、あたかも八億二六三一万九三二四円が全額補助金として名古屋市から交付されるやに主張して結局本件違法行為によって名古屋市には損害がないと主張する控訴人らの主張も採用の限りでない。
(3) 前記(1)(2)の利益状態はあくまで想定による額であり、これを想定推計することは容易なことではないけれども、通常の補助金の交付に至る例とか当時他府県で行われた博覧会の残務処理の仕方等の調査等の間接事実の積み重ねによって想定することも可能と考えられる。しかるに被控訴人らは、通常控訴人協会の成立の経過やデザイン博の趣旨から考えても到底首肯し得ない破産等の主張をするのみであるから、結局損害の立証がないことに帰し、この点の被控訴人らの請求は理由がないことになる。
(二) 残余財産分二億一〇〇〇万円と損害の有無
控訴人らは、前記残余財産分二億一〇〇〇万円は、名古屋市に寄附されることが決定されており、この分は損害に該当しない旨主張する。
そこで検討するに、前記(原判示)のとおり、控訴人協会は、平成二年三月二八日、理事会において、残余財産二億一〇〇〇万円を名古屋市に寄附する旨を議決したものであるが、右金員については、本件口頭弁論終結時点までに、現実の支払、仮払、条件付きの支払、弁済供託、その他、何らかの形で名古屋市に納入等されたものと認めるに足る証拠はない。控訴人らの主張は、要するに、控訴人協会が名古屋市に寄附する議決をすれば、将来その金員が名古屋市に納入されることが確実であるから、その金員が現実に名古屋市に納入されなくても損害が発生せず、ないし損害が補填される、というものと解されるが、損害は、現実の財産状態を基準に判断されるべきであって、違法な支出の後、地方公共団体が相手方に対し、損害賠償請求権と同一の経済的目的を有する債権を取得しても、現実にその債権が履行されないかぎり、違法な支出により現実に発生した財産減少の状態が、当初から存しなかったこととなったり、あるいは補填されるものとは解されない。
結局、右残余財産二億一〇〇〇万円に相当する金員は、本件各契約に基づく代金支払の際に違法に名古屋市から逸出したまま、未だ名古屋市に返還等されず、名古屋市では、右逸出時以降、右金員を行政目的に使用することができない状態が継続しているとみられるから、まさに損害そのものと認定できるというべきである。
したがって、右寄附の議決に基づき右金員が将来名古屋市に納入されることが確実か否かを詮索するまでもなく、控訴人らの主張は採用できない。そうして、控訴人協会の外右二億一〇〇〇万円を賠償すべき当事者は、右金員が本件各契約による売買代金の残額であることに照らせば、もはや、各契約の賠償義務とはいえないものであるから、自らまた補助職員の指導監督者として、本件各契約全体(原判決別紙(一)の(49)を除く。)について、責任を負う控訴人aであるべく、それで足りるものと考える。
なお、控訴人らは、名古屋市が売買代金と対価性を有する物件を取得しているから損害はない旨主張するが、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、前記白鳥公園関係の分を除く施設、物品等は、赤字回避の目的がなければ、本来、無償ないし本件の本件各契約の代金額より大幅に安い価格で取得することができた筈のものであると認められるから、それらの客観的価値を詮索するまでもなく、右認定の損害額は左右されない。」
第四 結論
以上によれば、被控訴人らの本件請求は、名古屋市に対し、控訴人aが二億一〇〇〇万円及びこれに対する前記代金支出後である平成二年九月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、控訴人協会が二億一〇〇〇万円の各支払義務を負う限度で理由があるけれども(なお、控訴人協会に対する遅延損害金請求については、原審において棄却され、これに対する不服申立がなされていないから、当審における審理の対象とはならない。)、その余はすべて理由がないこととなる。
よって控訴人a及び同協会の本件控訴は、主文第一項1、2の限度で理由があるけれども、その余は理由がなく、控訴人eの本件控訴は理由があり、また控訴人bの本案前の控訴は理由がないけれども、本案に関しては理由があることになり、これに従って原判決主文第三項以下を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法六七条二項、六一条、六四条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笹本淳子 裁判官 鏑木重明 裁判官 戸田久)
控訴人らの主張の要旨
第一 緒論、赤字隠し幻想論
一 本件各契約はデザイン博が赤字となることを回避する目的で締結されたものではなく、デザイン博に提示されていた施設・物件の有効利用(記念として残すことを含む)を主たる目的になされたものである。
以下、原判決が認定する事実について、専ら控訴審において表われた証拠を中心として、検討する。(なお、購入手続、購入価額の異常性、購入物件のデザイン性については、後述する損害論等において詳述する。)
二1 デザイン博が赤字となるか否かは、名古屋市にとって重要な問題であるとともに、控訴人aの政治生命にも重大な影響を与えるものであったとの点について
(一)(1) デザイン博の成否は、単に赤字か否かによって決まるものではなく、当該博覧会の持つコンセプトがいかに社会的に容認されているか否か、社会に与えたインパクトが大きいか否か、またその事実を反映するバロメーターの一つである入場者数がどうであったか、博覧会によって当該地域を中心とした経済的波及効果がどの程度であったか等諸々の要素を総合して評価されるものであり、赤字か否かのみが博覧会の成否を決定する要素となるものではない。デザイン博は、総合評価において当時開催された地方博においては、最も成功した博覧会の一つとして評価されて来ている(博覧会を契機にして街が変わったと語り継がれている博覧会は、このデザイン博覧会くらいである。)。
(2) この点は、原審j証人も、デザイン博開催に際し博覧会の成否は、博覧会の規模・テーマが問われる等総合的に判断されると考えられていたと供述している(原審・j第一回調書)。
(3) また、控訴人協会の赤字のみを捕らえて博覧会の赤字云々することは、博覧会の赤字の評価としても片面的であり、博覧会の総合評価の決定においてほとんど意味がない。
(二)(1) 次に、控訴人aの二期目の選挙(デザイン博開催の三か月前に実施された選挙)において、争点は、選挙直前(平成元年四月一日)から導入されることになった消費税であり、「世界デザイン博覧会」は争点とはなっていなかったものであり、デザイン博の赤字は控訴人aの政治生命に影響を与えるものでは全くなかった。
(2) そして、控訴人aは、デザイン博の赤字が政治生命に影響を与えるようなものではなかったし、何よりデザイン博は大成功だったと考えており、赤字になるようなことは全く考えていなかったと明確に供述しているのである。
2 平成元年九月ころには、デザイン博は赤字となるおそれがあり、名古屋市の総務局百周年事業推進室及び控訴人協会の事務局ならびにそれらから報告を受けていた関係者は、そのことを十分認識していたとする点について
(一)(1) デザイン博開催当時、百周年事業推進室主査であり、デザイン博の施設・物件の購入についての調査事務を担当していたkは、平成元年九月ころ百周年事業推進室においてデザイン博が赤字(控訴人協会の赤字の意味であるが)になるとは認識されていなかったと明確に証言している(当審・同人調書(以下、「k調書」という。))。
(2) また、この点については、控訴人a自身も明確に否定している(当審・同人第一回調書)。
(二) 以上の事実から明らかなように、平成元年九月ころ、デザイン博の関係者において、デザイン博が赤字になるというような認識は全くなかったのである。平成元年九月といえば、デザイン博の終了までまだ二か月近く開催期間を残している段階であり、その時点においては、今後の入場者数も未定であり、デザイン博の収支について、赤字か黒字かの予想を立てることは本来不可能である。この段階において、デザイン博の会期も半ば近くなっていたのであるから、最終的な収支の見込額についてある程度見通しが立っていたものと推認することができるとし、その上でデザイン博の関係者がデザイン博が赤字となるおそれがあると十分認識していたとする原判決の事実認定には著しい論理飛躍がある。
3 平成元年九月ころから、名古屋市が控訴人協会からデザイン博で使用した施設等を購入することを前提として、具体的な購入物件等についての検討が開始されていたとする点について
平成元年九月の第一回転用会議の時点においては、名古屋市以外の団体に対しても購入方を依頼しており、また名古屋市の担当者に対してもデザイン博で使用した施設等の購入希望の問い掛けを始めた段階である(k調書)。この時点において名古屋市が購入することを前提として、具体的な購入物件等についての検討がなされていたものではない。
4 平成元年一〇月初めころまでに各局から購入希望の出された物件の数が少なかったため、同月一六日に開かれた幹部会において、総務局から右購入についての検討状況の報告と各局でさらに努力して購入物件を増やすようにとの要請があり、また、同幹部会において、財政局から、右施設等のうち移築を要するものについては、次年度の予算において再築に要する費用に配慮する旨の説明があったとする点について
(一) 右幹部会において、総務局から購入物件を増やすようにとの具体的な要請があったとする原判決の右認定は、専ら原審におけるj証言及び同人作成の上申書(甲一八)に依拠するものであるが、j証言が事実に反し信用のおけないことは、g陳述書(丁二)、l陳述書(丁三)からより一層明らかとなった。
(二) すなわち、名古屋市における幹部会は市長の市政全般に関する感想を主とする短い発言と各局からの報告が専らであって、具体的な要請などなされる場ではない。このような性質を有する幹部会において、総務局から原判決が認定したようなデザイン博で使用された物件の購入について購入物件を増やすようにとの具体的な要請がなされたとする右j証言は、名古屋市における幹部会の実態から掛け離れるもので、到底信用し難いものである。
(三) さらに、右j証言が事実に反するものであることは、右g、l両人において前記各幹部会当日作成されていたメモの記載内容からより明らかとなった。
すなわち、両人作成の平成元年一〇月一六日の幹部会のメモの記載を見ると、同日総務局から、デザイン博の物品買い上げについてさらに一層の協力を要請した旨の記載は全くない。このような事実があったとする右j証言は、g、l両人の右幹部会当日のメモの記載内容に反するものであり、事実でないことは明らかである。なお、両人のメモは右期日の前後の幹部会における記載内容を見比べても、ほぼ両人のメモの内容が一致しており、信用性が高いものである。加えて、l陳述書(丁三)は、市会ノートに記載されており、後日加除訂正が困難なものであることを考えると両メモの内容は極めて信用性が高いといえるものである。これに対して、j上申書は、その上申書の内容の前提とされているメモ自体証拠として顕出されていないものであり、また前記内容の矛盾を抱えるものであって信用性の乏しいものである。
5 右幹部会後、各局において購入物件の再検討が行われたり、助役が具体的に購入を指示するといったことがあったとする点について
右平成元年一〇月一六日開催の幹部会において、総務局から購入についての検討状況の報告と各局でさらに努力して購入物件を増やすようにとの要請がなかったのであるから、右幹部会後に、各局において購入物件の再検討が行われたり、助役から具体的に物件購入の指示がなされるはずがないこともまた明白である。
三 まとめ
以上の検討から、原判決のように個々の事実を総て「赤字隠し」の目的と結びつけることは極めて独善的な誤った認定である。また、この結果、原判決は本件各契約における双方代理規定の適用の有無、控訴人らの各個人の責任の有無、さらに損害の有無とその内容について十分な考察・検討が加えられることなく判断がなされ、極めて杜撰な認定となってしまった。
第二 本件各売買契約の違法性の有無
本項では、控訴審での証拠調べの結果を踏まえて、行政裁量論の見地から、本件各売買契約の適法性について、控訴人らの主張を総括しておくこととする。
一 地方自治法二四二条の二所定の違法性概念について
住民訴訟制度が地方自治法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正し、もって地方財務行政の適正な運営を確保する目的とするものと解されていることからすると、当該訴訟において、その適否が問題とされている財務会計上の行為については、「財務会計法規に違反」するという意味での「違法性」の要件が独自に審査されるべきは当然である。
二 違法性(財務会計法規違反)の判断基準
1 地方公共団体がどのような財産を購入すべきか、また、その財産を購入する際の対価がどうあるべきかについては、地方自治法九六条一項八号が、財産の取得について一定の場合に議会の議決を要する旨定めているほかは、これを規制する財務会計法規は存在しない。地方公共団体は、その事務処理をするために「必要な経費」を支弁することができるのであるから(地方自治法二三二条)、地方公共団体の長がその政策的判断により、ある財産の購入が「必要」と判断して売買契約を締結し、収入役において購入代金を支出するに至ったときは、当該契約の趣旨、目的、内容等に照らしてその判断の合理性が否定できず、また、公正を妨げる特段の事情がなき限り、長の判断は尊重されるべきものである。したがって、地方公共団体の長の財産購入契約の締結については、購入目的の認定、購入対象物の選定、購入価格の認定、購入条件の設定等、全ての各判断について、行政裁量が認められるべきであり、当該裁量行為については、裁量権の範囲を超え、又はその濫用が認められない限りは「違法性」の評価を受けることはない(行政事件訴訟法三〇条参照)。そして、地方公共団体の長の財産購入契約に係る、当該行政裁量の逸脱・濫用をめぐる違法性審査基準については、地方公共団体の契約締結事務の円滑な遂行を保障する観点から、次のとおり「著しい不合理が明白」に認定できるか否かが基準とされるべきである。
2 すなわち、本件各契約の属性として認められる高度の政治性・政策関連性、行政機関の第一次判断権ないし「地方自治の本旨」に基づく地方公共団体の自主性の尊重、法令による裁量基準設定の欠如、司法審査の適格性等を総合考慮するならば、本件各契約の是非に関する判断は、住民自治の下での司法権の内在的制約の限界領域に属すると同時に、裁判所の裁量的自制が強く求められる(究極的には、地域住民の政治的判断に委ねられるべき)分野に属する事柄であると考えられ、その意味では、本件司法審査の対象は憲法訴訟で問題となるいわゆる統治行為の類型にも比肩すべきものといわざるを得ない。したがって、本件各契約の違法性審査の基準設定については、「地方自治の本旨」を尊重し、最高裁昭和三四年一二月一六日大法廷判決(砂川事件)の「一見極めて明白に違憲無効」の基準に準じた取り扱いが必要であり、他方で、住民訴訟の現代的意義(特に行政監視機能)にもある程度配慮するならば、控訴人らとしては、「著しい不合理が明白」に認定できるときに限り、行政裁量の逸脱・濫用を認めるのが相当である。
そして、この場合の司法審査のあり方に関しては、<1>不合理が「明白」であるか否かの判断は、通常の平均的な地方自治体の長(及びその代決者)にとっての「明白性」を基準として判断されるべきである。一般の市長・助役・収入役にとって民法の形式的な双方代理違反が、財務会計上の違法と判断されることが当然に「明白」であるとは到底言えない。<2>行政裁量の問題は、裁判所が裁量的行為をした行政機関の判断のどこまでを前提として審理しなければならないかどうかの問題であり、かつ、地方自治体の財産取得行為には広範な裁量を認めるのが原則であるから、裁判所は、裁量判断の要素のうち、「著しい不合理を明白」に認定するには、証拠不十分な部分については裁量権の逸脱・濫用はないものと推定すべきであり、当該裁量判断部分を(適法な)所与の前提として、他の判断要素部分の適法性を審査すべきである。したがって、<3>右裁量判断の要素のうち、「明白」性が認定できない要素は適法と推定されるので、各要素単独では「著しい不合理」が明白でない場合に、各要素の総合判断によって契約全体の適法性を判断することは許されない。<4>本件各契約を分割して締結したことについて、議会の議決を経なかった違法が市長にとって明白といえない限りは、分割して契約したこと自体は適法として取り扱うべきこととなるから、個々の契約毎に裁量権の逸脱・濫用がないか判断されるべきであり、包括的、十把一絡げ的な判断は許されない。
3 かかる控訴人らの主張は、決して、控訴人ら独自の見解ではない。例えば、随意契約の選択に係る地方自治体の行政判断に裁量性を認めた最高裁昭和六二年三月二〇日判決(民集四一巻二号一八九頁)の調査官解説においても、「(競争入札に適するか否かはある程度幅のある判断であり、この点に関する契約担当者の判断を裁判所が事後的客観的に審査した結果異なる見解を有するに至った場合に直ちにこれを違法とすると、契約担当者において安んじて随意契約の方法によることができないとの弊害を生ずることが懸念されるのであって、)やはり契約担当者の判断が明らかに不合理と認められる場合以外は、直ちにこれを違法とするのではなく、その判断の違いは専ら当不当の問題として考えるべきもののように思われる(「最高裁判所判例解説民事篇昭和六十二年度」一一七頁)。」と指摘されているのであって、かかる見解も控訴人らの主張と趣旨は全く同じである。
4 なお、仮に双方代理違反の点が問題となるとしても、行政裁量と双方代理違反との関係は次のように考えるべきである。すなわち、民法の双方代理規定は、私的な特定の利益・目的を追求する私人間の法律行為を規制するもので、一般的公益を実現する地方公共団体の財務会計法規そのものではないから、双方代理違反が直ちに住民訴訟における財務会計法規上の「違法性」を意味するものではなく、双方代理違反の結果、「必要な経費」にかかる裁量的判断の枠を超えて不合理な公金支出が行われた場合に初めて地方自治法上の「違法性」の要件を充足することになる、と考えるべきである。この意味で、双方代理違反の如き私法契約面での瑕疵は、あくまで財務会計法規違反の事実を基礎づける単なる一事情に過ぎないとみるべきである。
三 本件各売買契約の適法性について
そこで、右の違法性審査基準に従って、本件各売買契約の適法性について検討するに、控訴人a本人尋問の結果、証人kの証言その他これに関連する関係各証拠から、本件各売買契約については、次のような諸事情が認定できる。
1 まず、本件各売買契約の動機・目的については、市制百周年記念事業として行われたデザイン博の施設・物品等につき、記念になるものを残してはどうかという、市民・市議会議員らの要請を受けて、閉会後の有効利用を図ったものであり(当審・a本人第一回調書、k調書)、原判決が認定した「赤字回避の目的」は、既述のとおり全くの事実誤認であること。
2 購入物品の必要性については、平成元年九月一四日から同年一一月七日までの間に合計四回にわたって開催された企画調整主幹会議を通じて、名古屋市役所各局の担当責任者に購入方が打診され、担当責任者において当該提案を各局に持ち帰った上で、各局の稟議により購入物件の要否が検討され、購入物品が選定されるに至ったこと(k調書)。
3 前記1の動機・目的及び右2の必要性判断からも明らかなとおり、本件において名古屋市が購入した対象物は、同種の他のものが存在するような物品・設備・施設でなく、デザイン博において使用・利用された美術的・芸術的価値を付加されている代替性のない物品等であるから、名古屋市が地方自治法施行令一六七条の二第一項二号が規定する「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に当たると判断したことには十分な合理性が認められること。
4 購入価格については、建築物のように解体・再建築が必要なものと、そのまま単品として取り扱えるものと区別され、前者については、名古屋市建築局技術管理課に照会して得た、建築物の建築費に材料費の占める割合(五〇パーセント)を控訴人協会の評価額に掛け合わせた値をもとに算定されたこと、そして、後者の再建築が不要なものについては、減価償却の考え方に依拠して、耐用年数(一〇年)のうち一年分を定額法で減価償却した値をもとに算定されたこと、また、購入価格に関する右査定方針については、各局担当責任者の中から、局ごとに扱いが区々となることの不都合が指摘され、統一的な査定方針を検討するよう要請があったことから決められたこと(k調書)。
5 右の購入価格を算定していた時期は、デザイン博が終わる期日が迫っていた時期であり、名古屋市総務局百周年事業推進室としては、同博覧会終了後の施設等の明渡期限との関係で、平成元年一〇月末までに、購入条件を決定する必要があると判断していたこと(k調書)。
6 原判決の指摘するとおり、「名古屋市は、元々、デザイン博が最終的に赤字となった場合には、補助金等により、控訴人協会の赤字を補填すべき立場にあったといえる」が、客観的事後的にみれば、控訴人協会としては、財産的価値のある施設・物品等を寄附等で無償処分した後に、名古屋市に対し補助金を要請し、名古屋市がそれを承認することは現実的でなく、補助金交付が市議会等で承認されるには、施設・物品等を有償処分した上でなお赤字が発生するといったやむなき事態が前提と考えられること(当審・控訴人a本人第二回調書)。
右諸事情を総合考慮すれば、本件各売買契約においては、デザイン博終了後の施設等の明渡期限が迫っていた中で、膨大な数量の施設等の処分をするという状況下において、統一的処理の要請もあって、明確な基準を作成した上で価格算定をしたものであるから、算定方式自体については合理性が認められ、裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったものとは到底いえず、その他の面でも特に問題となり得る事情は見いだしがたいというべきである。したがって、全体としてみれば、本件各売買契約による事後処理は適法かつ適正に行われたものというべきである。
四 まとめ
以上のとおり、本件各売買契約においては、購入目的の認定、購入対象物の選定、購入価格の認定、購入条件の設定等いずれの判断においても、適正な処理がなされたと認められ、全体としても「明白な不合理」は認められないのであるから、実体的には、名古屋市長がその有する行政裁量権を適正に行使したとみるべきである。
而して、双方代理の問題は、形式的な表示上の問題であり、契約書の当事者の各代表者の名義が偶々一致したとしても、それは本件各売買契約に係る行政責任の所在をそれぞれ明確化するために、そのような表示となったまでで正当な理由があるから、形式的な表示だけから直ちに財務会計法規違反の違法性を認定することは到底許されないものというべきである。
第三 原判決の双方代理論
一 原判決の双方代理適用論は、法律の解釈を誤ったものであり、したがって、原判決は、この点については、明らかに誤判である。
1(一) 控訴人協会には、その内部意思の決定方法につき、処務規程(丙五)があり、常時会長に代わって決裁することとされている者が定められ、右の常時決裁するとされている者が、内部的に決裁する権限を有している。そして控訴人aは、会長として右決裁者を指揮監督する権限を有しており、右権限により、内部意思の決定に関与することができる。そして、控訴人aは、控訴人協会で決定された内部意思を、対外的に、会長として、表示するための法律的行為を行う権限を有している。
(二) ところで、控訴人協会は、民法により設立された財団であり、監督官庁の認可のもとに設立された「公益法人」であるから、控訴人aは、その与えられた権限を行使するに際し、控訴人協会が目的としている公益の実現のために、これを行使しなければならない。本件における控訴人aの、控訴人協会会長としての行為は、すべてデザイン博の開催運営という、公益目的実現のためになされたものであって、そこには、何らの不正も存在していない。
(三) さて、控訴人協会が、デザイン博に展示等されていた施設・物件の有効利用(記念として残すことを含む)を図ることを目的として、デザイン博終了時に、適切な者に、これらを売却することを内部的に決定したことは、デザイン博が期限付で開催されているものであり、終了後は会場から右展示物等を撤去しなければならないものであることなどからすると、右展示された施設・物件を全て無価値物として廃棄処分することよりも、はるかに勝れた判断であり、右の内部決定は適切妥当なものであった。
(四) 右のように控訴人協会の、内部意思の決定がなされた場合において、原判決の双方代理適用論をあてはめると、控訴人aは、控訴人協会の会長として、デザイン博に展示されていた施設・物件について、これを控訴人協会の内部意思形成過程で、有効利用(記念として残す場合を含む)を目的として、適切な者に購入して貰うこととし、いわば売主側としての意思形成に関与したのであるから、この場合に於て、仮に、名古屋市が右施設・物件の買主の一人として予定された場合には、原判決のいう双方代理論の適用を免れるためには、買主たらんとする名古屋市の代表者である名古屋市長としては、買主となるか否かについてを含め、名古屋市の内部意思決定過程に関与してはならない、ということになるのであろうか。
(五) 右設問に対する回答は、断じて「否」である。何故ならば、この場合には、市長は、地方公共団体という一般的公益の実現を目的とする公法人の長として、地方自治法その他の法令に基づき行動するものであって、私人として当該施設・物件を購入しようとしているのではないからである。
(六) したがって、控訴人aは、地方自治法、名古屋市の条例その他法令の定める手続に基づき、名古屋市長として、名古屋市の内部意思形成過程に関与することが出来るのであり、かつ政治的責任を含め、名古屋市のなす決定について、最終的責任を負うものとしての行為を行う義務がある。したがって、法令の定めるとおり、契約額によっては、責任の所在を明確にするため、自分自身で内部決裁をもしなければならない。地方自治法その他の法令は、市長に対し、右責任を回避するための手続方法を、全く予想だにしていないのであって、右は、一般的公益の実現を目的とする公法人である普通地方公共団体の存在理由そのものからして、当然のことである。
(七) ところで、ある論者は、右のような場合には、市長は、市長の補佐としての「助役」に内部意思決定を委ね、市長自身は、内部意思決定過程に関与すべきではないと主張するかもしれないが、本件での問題は、名古屋市としての意思決定の問題であって、民法五七条が想定しているような私人としての個人の利害の問題ではないことは明らかであるから、下位の補佐機関である助役に任せたから市長は責任を免れるという論理は、成り立つはずも無いところである。この理は、市長が、特別に、ある人に対し、当該行為をなすことを委任したとしても変わるところではない。また、右のような場合に、裁判所に、特別代理人の選任を求めるべきだという主張も、団体意思の形成・決定の問題と個人たる私人の利害の問題との区別をしていない誤った考え方であり、一般的公益の実現を目的としている公法人たる普通地方公共団体の制度の基本を定めている地方自治法その他の法令の定めを無視するものである。右のような誤った主張によるときには、一般的公益実現のため、法に定められた権限を行使する者として、選挙によって選ばれた者ではない者に、地方公共団体の意思決定を委ねることになることは明らかであり、そのような法を無視した立論は到底成立しえないものである。したがって、市の内部意思決定については、市長は、公人として、かつ最高責任者として、法に定められたとおり、その最終の責任を負わなければならぬのであって、これを逃げる方法は無いのである。
(八) 以上述べたとおり、控訴人aは、公益法人である控訴人協会の内部意思決定について会長として最終的責任を負わなければならないと共に、公法人である名古屋市の市長として名古屋市の内部意思決定について、公人としての責任も負わなければならない。
(九) それでは、公益法人たる控訴人協会と公法人たる地方公共団体(名古屋市)との、それぞれの団体の内部で成立した内部意思を、対外的に表示し、その合意を、対外的に契約として結ぶときには、誰が各団体を代表する者として行動し、その旨表記されるべきであろうか。
ここに至って、原判決は、このような場合の契約書の表記が同一人である点をとらえて、「双方代理だ」と声高に非難を述べ、このことのみから論理を一段と飛躍させ、地方自治法その他の法令について、何らの検討をすることもなく、これを「無権代理」だと断定し、かかる契約は、無効だと断じているものである。
しかし、右の判断は明らかに誤りである。仮に、控訴人協会においては会長が、名古屋市においては助役が、それぞれの団体の契約当事者として表記されていた場合には、当該契約は有効だと判断するとするならば、それはまさに本末転倒の論理である。「形式」が「実質」に優先するものではなく、法的問題(違法とか無効ということ)は、「実質」によって決せられるものであるからである。
2 長等の兼業禁止制度
(一) 地方自治法一四二条は、普通地方公共団体の長について、当該地方公共団体との関係において兼業(請負)を禁止している。地方自治法は、右兼業禁止を定めることにより、長を地方公共団体と利害対立する地位から排除し、これによって、一般的公益の実現のための地方公共団体(公法人)の長の職務執行の公正・適正を保障することにより、住民の信頼を確保することとしているのである。
(二) ところで、右の兼業禁止制度は、当該普通地方公共団体が、資本金、基本金、その他これらに準ずるものの二分の一以上を出資している法人について、適用除外とされる(同法一四二条、令一二二条)。それは、当該地方公共団体が二分の一以上出資している法人については、「本来は当該地方公共団体が直接行うことも考えられる事業を、いわば地方公共団体のイニシアティブの下に、これに代って行っている」とみられるようなものでもあり、また、このような二分の一以上出資している法人については、「地方公共団体が当該法人に対して実質的支配権を有している」とも認められるから、地方公共団体の長が、当該法人の役員に就任したとしても、長の地方公共団体における職務の公正な執行が損なわれるおそれがないものと考えられるので、地方自治法上の制度上も、長の兼業禁止の規定の適用を除外したものである。長の職務執行の公正・適正が、実質的理由の存在によって確保されている場合には、長の兼業禁止の規定の適用が除外されているのである。
(三) 土地開発公社制度
地方公共団体のために土地を取得することを業務内容とする土地開発公社は、当該公共団体と請負関係に立つ法人である。しかし、土地開発公社については、公有地の拡大の推進に関する法律(昭和四七年九月一日施行)二六条において、地方自治法一四二条の適用を除外されていた。
地方公共団体の知事又は市長は、右法の定めにより土地開発公社の理事に就任している場合が極めて多いところであるが、多くの場合、普通地方公共団体と土地開発公社との両法人間の契約は、同一人が、一方は普通地方公共団体の知事又は市長として、他方は土地開発公社の理事として、それぞれの団体意思を表明する者として、土地売買契約書に、署名捺印している。
右の場合、土地開発公社と普通地方公共団体との間で結ばれる契約は、売主たる土地開発公社の代表者である理事と買主である普通地方公共団体の代表者である市長とが同一人となる「土地売買契約」である。しかし、これらの契約は、双方代理理論の適用を受け、無権代理となり無効となるものではない。土地開発公社は、まさに、「地方公共団体に代って土地の先行取得を行なう」という公益的目的のために設立されたものであるから、当該公社とこれに出資した普通地方公共団体との間には、そもそも利害の対立ということは考えられないものである。
したがって、土地開発公社と普通地方公共団体との間で、土地の売買契約がなされる時には、同一人が一方では、土地開発公社の理事として、他方では普通地方公共団体の市長として、それぞれの法の求める責任を明確にし、契約に署名捺印しているところである。
3 商法七五条及び二六五条と民法一〇八条
(一) 商法七五条は、合名会社という法人(団体)と取引をしようとする「当該法人の業務執行権を有している社員」は、他の社員の過半数の決議があれば、自己と合名会社との間の取引が出来ることを定め、この場合には、民法一〇八条は適用されない。同様に、商法二六五条によれば、株式会社の取締役も、取締役会の承認を受けているのであれば、株式会社との間で自己取引が出来るのであって、かつ双方代理の規定の適用はされないのである。
(二) 右の商法の規定は、当該業務執行社員又は取締役の属している団体たる法人と、当該業務執行社員又は取締役自身とが直接取引をするという場合(換言すれば、業務執行社員が、個人として有している利害と、自己が権限を受託されている団体そのものの利害とが、反すると想定される場合)についての法理を定めているものである。
商法のように、利益を追求して行動することを当然の前提としている法領域においてさえ、一定の要件のもとに、自己取引又は双方代理は、許容されているところである。そして、事情によっては、このような自己取引又は双方代理による契約は、例えば、取締役がその会社に無利息、無担保で融資をする場合など団体である法人自身のためにも必要とされることもあるのである。
また、一〇〇パーセント子会社と親会社との取引については、当該契約が、同一の代表取締役によってもなされたとしても利益相反関係が無いから、商法二六五条の適用は無い(最高裁昭和四五年八月二〇日判決・民集二四巻九号一三〇五頁)。普通取引約款に基づく取引等も、取締役や会社にとって「裁量の入り込む余地」のほとんど無く、会社に損害を与えるものではないから、自己取引にはあたらない。
4 控訴人協会(財団法人世界デザイン博覧会協会)
(一) 控訴人協会は、普通地方公共団体たる名古屋市が一〇〇〇万円、愛知県が五〇〇万円、名古屋港管理組合が二五〇万円を各出資し、(以上により地方公共団体が出資の過半数以上を出資していることが明らかである)これに、商工会議所法に基づき通商産業大臣の許可のもとに設立された公益法人である名古屋商工会議所が二五〇万円、そして中部経済連合会が二五〇万円を各出資し、その出資金の全額が、普通地方公共団体および公益目的に参同する公益法人等により出資され、その上で、通商産業大臣の許可のもとに設立された公益法人である。
すなわち、控訴人協会は、公益的な団体の出資により設立されているものであり、かつ、その目的も、名古屋市の市制百周年事業の一環としてのデザイン博の開催運営という公益目的実現のための団体である。
(二) 普通地方公共団体である名古屋市との関係は、普通地方公共団体と土地開発公社との関係と同じように、普通地方公共団体である名古屋市が、控訴人協会に対して実質的支配権を有しているという関係にあり、しかも、名古屋市と控訴人協会とは、共に「世界デザイン博覧会」の開催運営という公共的かつ公益的目的実現について、共通の責任を負担しているものである。控訴人協会は、名古屋市の「ために」、名古屋市に「代って」又は名古屋市と「共に」デザイン博の開催運営を行うものである。したがって、両者の間には、そもそも、利害の対立ということはあり得ない。デザイン博は、名古屋市の市制百周年記念事業としてなされるものであるのだから、当然のことであろう。
5 以上述べたとおり、ここで問題とされるべきことは、契約書に同一人が署名捺印しているという外観(形式)のみから、契約当事者の実質又は実体内容について何らの検討もせずに、アプリオリに、双方代理だと論ずることではない。
民法一〇八条又はその趣旨を同じくする商法七五条、同法二六五条は、契約自由の原則が適用される法領域に適用されるものであるが、その場合に於ても前述したとおり種々の事例において、そもそもその適用を除外されている場合があるのである。本件のような事案において述べれば、そもそも、民法一〇八条は、任意規定であり、しかも、私法上の利害調整のための制度であるから、一般的公益の実現を目的としている普通地方公共団体の長らが、地方自治法等によって法律上明確に定められた権限に基づき、長としての行為を行うにつき準拠しなければならない「財務会計上の行為」についての「法令」に該当するものではないのである。
このことは、土地開発公社を例として説明したことにより明らかであろう。すなわち、一般的公益の実現のために法によって設立されている公法人においては、長の地位及び権限は法により、明確に定められているとともに、権限行使についての公正、適正を保障するために、兼業を禁止している。したがって、兼業禁止の法の趣旨に反しない場合には、他の法人の代表者に就任することができるのである。そして、兼業禁止の適用を除外されるか否かは、当該法人に対して普通地方公共団体が実質的支配権を有しているか否かによって決められるものである。本件事業は、民法一〇八条によって論ずべきものではなく、地方自治法が、長の兼業を禁止した法意により決せられるべきものである。
したがって、本件においては、もともと、民法一〇八条は、適用されないのであるから、普通地方公共団体の長らの行為の適不適は、民法一〇八条以外のいわゆる財務会計上の行為に関する法令について、何らかの法令違反があったのかどうかが検討されるべきである。
そうすると、本件については、かかる法令違反は、全く存在していない。
6 民法一〇八条と普通地方公共団体
(一) 民法は、市民対市民の法律関係について各市民が自由な意思により行為を決定する前提で、各法条を定めているものであって、民法一〇八条は、一般的公益の実現のために存在する公法人たる普通地方公共団体と、当該普通地方公共団体と密接な関係にあり、当該普通地方公共団体が実質的支配力を及ぼしているような公益法人たる財団法人との間の法律関係に適用されるものではないし、少なくとも、「無条件」又は「無前提」に適用されるものではない。
前述したとおり、普通地方公共団体は、もともと一般的公益の実現のために存在するものであるのみならず、その団体内部の意思の決定過程それ自体についても、これを自由に行うことは許されず、地方自治法その他の法令の定める裁量権を適切に行使することによって行わなければならず、しかもその決定内容は、一般的公益の実現という目的に拘束されているものであるからである。そして、法は、長の職務執行の適正、公正を保障する制度として、兼業禁止の規定を置いているのである、したがって、仮に、長が他の法人の取締役に就任したときには、右の兼業禁止の法意によって、就任それ自体の適否が検討されるのであり、検討の結果適正であるとされれば、長はそれぞれの団体において与えられた権限を行使できるものである。
(二) 民法一〇八条は、私人である本人の利益保護を目的とするものであり、事後に、その利益の帰属者又は利益についての処分権限を有する者が、それを「よし」とすれば、契約は、追認により、当初から完全に有効となり、それ以上のことを司法機関がとやかくいう必要の無いものである。
しかし、普通地方公共団体は、本人にその自由処分を委ねられた「私益」の追求を目的とする団体ではないのであるから、普通地方公共団体について定めた地方自治法その他の法令には、商法二六五条の「取締役会の承認」のような、普通地方公共団体の「本人そのものの意思」表明する手続規定は、そもそも存在しない。この意味では、「議会の議決」があったからといって「本人の追認」があったということはできないとする形式論理は、成り立つであろう。しかしながら、そこで問題とすべきであるのは、「形式」ではなく「実質」についてのことである。原判決は、執行機関が「よし」として行なった行為について、議会もこれを「よし」としているにも拘らず、「『本人』の許諾」とか「『本人』の追認」という形で、「本人」の意思の表明方法が別にあるかの如く論じ、その上で「本人」の許諾追認が無いからダメだとしているのであるから、右の論旨は、原審が作り出した自己撞着以外の何ものでもない。
原判決は、議会に対し「無権代理行為を許諾又は追認することを議題」として求めよ、それがなされれば、場合によっては、本人の追認があったと解してもよい、などという不可解なことを述べているが、仮に原判決のように許諾又は追認ということを論ずるとすれば、それは原判決のような形の議題ではなく、「各契約について、契約どおりの効力を認めるかどうか」という実質的内容が議題となるものであろう。だからこそ、控訴人らは、各契約について、議会もこれを了承していることを、実質に基づき述べたのである。原判決が、前記したような「形式」に執着した不可解な論理を展開していることそのことが、その思考方法の誤り(民法一〇八条において問題となるのは、「実質」であって「形式」ではない)を示すものであって、到底、容認できない。
(三) 仮に、本件各契約が、右地方自治法九六条の定めにより、予め「議会の議決」を得たものであったとしたら、原判決の論理は、どう展開されるのであろうか。
この場合、多くの法律家は「双方代理を禁止した民法一〇八条に違反した違法、無効なものである」とは論じないであろう。何故ならば、普通地方公共団体は、長と議会に権限を分立させるとともに、長と議会との共同責任、共同決定によって運営されるものであり、地方自治法九六条の議会の議決は、執行機関の不公正な契約の締結を事前にチェックする意味をも持つものであるからである。右の「議決」を経ているのであれば、実質的内容についての検討がなされており、契約の締結について、長の偏頗な行為が行なわれる虞は無く、したがって長の行為について、形式上、双方代理になるか否かなどということを問題にする必要はない。
もし、設問に対する回答が「双方代理」の規定は適用されないというのであれば、本件各契約の締結のように地方自治法九六条によって「議会の議決」を予め得なければならないような「大きな契約等」ではなく、同条の議決が不要とされている場合において、当該契約の締結について、事前及び事後に、「議会」の実質的審議がなされ、当該物件等の取得に関し、議会において実質的承認がなされているのであるから、当該契約については、偏頗な行為が行なわれるおそれも無いのであって、形式上、双方代理を問題とする必要などは全くないと言うべきであろう。
二 ところで、一歩譲って、仮に、名古屋市と控訴人協会との取引について、民法一〇八条の適用を考える場合においても、本件においては、次に述べる「特段の事情」があるから、民法一〇八条の適用は無いと解すべきである。
1 控訴人協会は、名古屋市の市制百周年記念を祝う事業を実施することのみを目的として、一時的に期間を限って設立された法人であること。
2 右目的からして、名古屋市が直接にその事業を実施することも考えられるが、名古屋市に密接な関係のある地方公共団体(愛知県、名古屋港管理組合)または公共的な団体(名古屋商工会議所、中部経済団体連合会)の協賛を得る形をとることが市制百周年事業をより盛大に実施することに有用であるとの見地から、別個の法人を設立して、事業の運営に当たらせることとされたものであること。
3 右の見地から、控訴人協会の代表者は、主催者である名古屋市の市長が就任するのが事業の実施上必要であったこと。
4 右の経緯によって、控訴人協会は設立されたものであるから、デザイン博の事業の終了により確定した損益については、その処理方法が予め定められていなかったにしても、その事業の目的、性質からして、損益が生じた場合には、主催者である名古屋市が、補助金を支出する等して補填し、また利益ないし余剰金が出た時には名古屋市に寄附されることによって処理されることが予測され、その損益が、いずれも名古屋市に帰属するという関係にあったこと。
5 売買契約について、契約上、双方代理を避けるために、いずれかの法人の側にその代表者の代行者をして右売買契約を担当させる方法を採ったとしても、結局形式を整えるということに過ぎないこと。
6 本件については、購入決裁に関し、市の内部の規定により、購入物件のほとんどを代決権者が代決しており、控訴人aは、名古屋市長として三件分のみを購入決裁したに過ぎないこと。
7 購入契約書そのものの作成については、購入決裁の後、各局が契約書を作成し、総務局行政課長が管守する公印を使って各局が作成したものであり、控訴人a本人は契約書作成に全く関与していないこと。
三 以上に述べたとおり、名古屋市と控訴人協会とは、実質上は、同一人格とも言うべきものであり、かつ同一人が、双方の代表者に就任することに、これを相当とする正当な事由があり、そして、双方の法人間の法律行為によりいずれか一方の法人に利益又は不利益を与えるということもなく、さらに控訴人aは実質的にはそのほとんどの契約に関与していないとも言える等の「特段の事情がある」のであるから、契約当事者の一方に不利益を与えることを防止する趣旨に基づく民法一〇八条の双方代理の規定は、適用がないと解するのが相当である。
第四 損害論
一 序
控訴人らは、本件において名古屋市に損害がないことについて、次の三点を主張する。
1 控訴人協会の残余財産金二億一〇〇〇万円は、名古屋市に寄附をされることが決定しており、この分は損害に該当しないこと。
2 控訴人協会の収入決算が赤字になった場合は、名古屋市が補填すべき立場にあり、したがって本件売買契約を締結しなくても、名古屋市の金銭支出は必要であって、赤字相当額は損害に該当しないこと。
3 名古屋市は本件各売買契約に基づき、代金の支払いと引き替えに、控訴人協会の物品の引渡しを受けて使用しており、右引渡を受けた物品と代金の支払いとは、対価性を有するから、損害はないこと。
二 控訴人協会の残金二億一〇〇〇万円を名古屋市に寄附することによる損害の減額について
まず、名古屋市は地方公共団体として、控訴人協会の寄附行為(丙三)三条に記載された目的たる産業及び文化の発展、国際交流の促進、国民生活の向上に寄与するということを目的としていることは明らかである。したがって、右寄附行為三六条によって、同控訴人から前記残金の寄附を受ける資格がある。
また、横浜博覧会など他の前例をみても(丙七四、七五)、設立許可主体である通商産業大臣が、名古屋市の寄附を承認することは明らかである。
三 控訴人協会の赤字補填分が損害に該当しないことについて
デザイン博は名古屋市が市制百周年記念事業のメインイベントとして企画立案し、愛知県や民間の協力を得て実施したものであり、また、控訴人協会そのものが、名古屋市の分身または一部分といえる存在であることからしても、控訴人協会がその債務を履行できない場合に、名古屋市が右施設を買い受けることになるのは、理の当然である。そして、本件で、平成元年九月中旬から下旬にかけて控訴人協会が、控訴人協会の構成団体に転用可能施設の購入を依頼したにもかかわらず、名古屋市以外の団体からは、購入希望の意向は示されなかったというのであるから、仮に清算になった場合も結局名古屋市が購入したと考えられるものである。そして、この場合の購入額は、結局赤字補填に必要な金八億円余ということになったものである。
また、デザイン博が名古屋市が企画立案、運営した事業である以上、人件費や光熱費を支払わずに済ますということができるいわれもなく、また施設解体、撤去・復旧も早急に必要であった。けだし、借地については返還をしなければならないし、また名古屋市の土地の上に作られた施設であっても、公共の土地がデザイン博終了後もそのままの状態で放置されることが許されるいわれもなく、公益目的のために、早急に有効利用されなければならないからである。したがって、施設購入という形をとらない場合でも、名古屋市が補助金を交付するなどして赤字を補填しなければならず、かつ、そのようにしたことは疑いを容れないところである。
さらに、被控訴人らは、控訴人協会は破産申立をすればよかったなどとも述べているが、その当否はさておき、仮に、破産手続に移行したとしても、結局、名古屋市は、債権者への支払や撤去、解体、復旧業務のために金員を支出しなければならなかったものである。
この点について、最高裁昭和五五年二月二二日判決(判例時報九六二号五〇頁)は、双方代理に関する判例ではないが、地方自治法違反の金銭消費貸借が締結された場合において、仮に、右金銭消費貸借の方法をとらなくとも、負担しなければならない利息等の費用分は、損害にあたらないと判断したものである。要するに、問題がある財務会計行為に基づく支出があっても、いずれにせよ支出を余儀なくされる場合は、その支出分は損害に該当しないとした。本件は、控訴人協会が赤字となった場合は、名古屋市は、その赤字を補填すべき立場にあったものであるから、今回の売買契約を行わず、控訴人協会が赤字になった場合も、結局残余財産分を除いた金額は、名古屋市から支出されていたものである。この点は、被控訴人らも補助金の交付をすればよかったと述べているところである。すなわち、名古屋市はいずれにせよ、支出を余儀なくされたものであり、右最高裁判例は、損害論に関して参考になるものである。
以上によれば、本件売買契約を締結せず、名古屋市が売買代金を支払わなかった場合、控訴人協会は八億二六三一万九三二四円の赤字となり、結局、名古屋市が右赤字相当額の支出を余儀なくされたものである。そして、赤字の場合の補填額と寄附金額の合計は、本件各売買契約の代金合計額に相当するから、右全額について、名古屋市には損害はない。
四 代金相当額と対価性のある物品の提供を受けているので、損害がないことについて
1 原判決の「支出=損害」という捉え方に問題があることは、既に評者も指摘するところである(判例評釈四七一号・判例時報一六三一号一九〇頁)。そして、本件のように、支出と対価性を有する物品等の引渡・提供を受けている場合に損害がないとした判例は、いくつもある。被控訴人らは、「押し売り」の例と比較するが、このような対比が、本件の事案と全く異なる事案を本件と対比する点で、全く意味がないものである。そもそも、不法行為法において、不法行為によって被害者が利益を受けた場合は、その利益の分を控除して、損害の額を算定することは損益相殺論として、原則的な事柄である。
2 名古屋市の購入価格は、個々の物件について、別表に記載したとおり、会場設置価格・転用評価額・名古屋市購入額という段階をたどって決定されており、名古屋市の購入物件と代金額に対価性があり、また、その価格決定手続は正当である。購入された物件は、同表記載のとおり各設置場所に設置され、有効に利用された。
したがって、名古屋市には損害がない。
3 本件物件の転用評価額の決定について
(一) 会場設置価格及び転用評価額については、名古屋市の職員で、公園造りの専門家や建物の設計、施工管理に詳しい者が、控訴人協会に出向しており、その者たちが、契約書や見積書、図面を見て記入をしたものである(k調書六頁ないし八頁)。そして、個々の会場設置価格及び転用評価額の金額は、以下の考え方に基づくもので、適正かつ合理的である。
(二) 控訴人協会が発注した物件について(別表中二二一件)
(1) 原則として、転用対象となる物件を控訴人協会が取得した金額(会場設置価格)をもって転用評価額とした。例えば、ごみ箱、ベンチなど基礎が必要でなく、単に設置するだけのものについては、会場設置価格をもって転用評価額とした。なお、端数は切り捨て等の処理をしたものもあった。このように、会場設置価格をもって転用評価額とした物件は、右二二一物件中一五三件であった。
(2) しかし、控訴人協会が取得した物件は多種多様であるので、会場設置価格には、物件自体の価格の外、取付費、基礎費用、草花の植替費用など様々な費用が含まれている場合もあった。右の場合においては、会場設置価格をそのまま転用評価額とするのが不適当であったので、控訴人協会は、会場設置価格から右費用を控除した金額を転用評価額とした。
例えば、建築物を移築して転用しようとした場合については、デザイン博覧会会場で解体され、移築場所に材料若しくは半製品として運搬され、その場で新たに基礎を施して、再築されるのであるから、全く使用しない移築前の基礎部分の金額を転用評価額に加えることは不適切であったので、控訴人協会は、当初に契約した際の見積もりによって会場設置価格から当該基礎部分相当額を控除した金額を転用評価額とした。このようなものとしては、別表番号七四の「本丸ステージ材料」、番号七七の「サテライト」が挙げられる。
あるいは、時計塔のようなものについては、控訴人協会の発注した契約は、完成品である物件の納入及びその物件の取り付けまでを契約の内容としていたので、会場設置価格には取付費が含まれていた。転用にあたっては、デザイン博覧会会場で時計塔を地面に固定していた基礎部分のみが取り除かれ、時計塔はそのままの形で転用先に運搬され、新たに基礎を施して据え付けられるのであるから、控訴人協会は右建築物の場合と同様に会場設置価格から取付費を控除して転用評価額とした。このようなものとしては、別表番号八九の「時計塔」、番号一〇一の「時計塔」などが挙げられる。
デザイン博覧会会場に控訴人協会が設置したプランター類については、控訴人協会の発注した契約は、プランター類本体の納入及び開催期間中(一三五日間)に必要となる植物の植え替えまでを契約の内容としていたので、会場設置価格には植替費が含まれていた。転用にあたっては、プランター類本体のみが転用されるため、控訴人協会は会場設置価格から植替費を控除して、転用評価額とした。このようなものとしては、別表番号五七の「三角フレームプランター」、番号七九の「フラワーボール(S)」などが挙げられる。
(三) 施設参加を受けた物件について(別表中三八件)
施設参加を受けた物件は、控訴人協会自らが発注したものではないため、控訴人協会は、世界デザイン博覧会設計連合が見積もりした金額(「施設参加の御案内」(丙六一)記載の金額)又は物件を提供した各企業から協会あてに提出された施設参加申込書(丙六三ないし六九及び七一)に記載された金額を参考として、転用評価額を算定することとした。右算定にあたっては、物件を提供した企業に物件価格の内訳を確認したり、提供された物件と同一品あるいは同等品が存するものについては、そのカタログに記載された金額を参考にして、個々の物件の個性に応じて、可能な限り適切な算定に努めた。右の結果、右三八物件中二四件において、転用評価額が会場設置価格を下回った。
例えば、別表番号一二の「大型電光表示板」の会場設置価格は四〇〇〇万円であったが、右会場設置価格には、デザイン博期間中に右電光表示板を稼働させるための電算ソフトの費用を含んでいたので、右費用を控除した。また、会場設置価格に含まれている設置工事費も控除し、控訴人協会は転用評価額を一〇〇〇万円とした。
(四) 名古屋市としては、右転用評価額の決定が、名古屋市から出向した職員によって、適正かつ詳細に行われたことがわかっていたからこそ、これを信頼したものであり(k調書)、名古屋市側が右に加えて、転用評価額の調査をしなかったことは、何ら異とするに足りないものである。また、当然のことながら、会場設置価格や転用評価額については、物件ごとに個別に評価がなされているものである。
4 名古屋市購入額の決定について
(一) 名古屋市は、控訴人協会から示された転用可能施設等を購入するに際し、これらの物件が現に使用されていたことから、控訴人協会から提示された転用評価額に一定の減価をさせて購入することとした。具体的には、デザイン博の各会場を速やかに原状に復して、本来の用途に供すべきこと及び大量の物件を個別に評価することの困難さを考慮して、次の二種類に区分して画一的に減価することとした。
(1) 転用に際して移設を要する建築物については、転用評価額に〇・五を乗じて得た額に、撤去、運搬費を加算した額を名古屋市取得額とした。
(2) 右の建築物
以外の物件については、転用評価額に各物件一律に〇・九を乗じて得た額を、移設を要する場合は、これに撤去、運搬費を加算した額を、それぞれ名古屋市取得額とした。
(二) 撤去、運搬費について転用に際し撤去、運搬が必要な物件について、控訴人協会は、撤去、運搬に要する経費は物件を購入する者が負担するよう求めた。名古屋市は転用会議において議論した結果、これを認め、撤去、運搬に要する経費を右(一)に述べた物件の価格に加算することとした。当該費用について、個々の物件の撤去、搬送条件が多岐にわたったこと、会場の明渡期限の関係で短期間に撤去する必要があったこと、物件が多量にわたったことなどから、定量的に定める必要があり、名古屋市は、転用評価額に対する定率方式によることとした。
すなわち、<1>移設工事を必要としない物件(例えばごみ箱等)については転用評価額に〇・〇五を乗じた金額を、<2>移設工事を必要とする建築物以外の物件(例えば外灯等)については転用評価額に〇・〇八を乗じた金額を、<3>移設工事を必要とする建築物については転用評価額に〇・一五を乗じた金額をそれぞれ撤去、運搬に要する費用とした。
5(一) 原判決は、本件各契約によって購入した物件の価格の決定方法は、各物件の個別性を無視していることや、個々の物件の価格の妥当性について、ほとんど実質的な調査がされていない点において、通常の購入手続とは異なる異例のものであったとする。
(二) しかしながら、既に転用評価額の決定にあたって、個別的に金額の検討がなされており、また、購入先も名古屋市の各局にわたっており、各局から、物件毎にばらばらの取扱いになると困るので、シンプルに一本化するような考え方で整理して欲しいとの要望があったため(k調書)、名古屋市市制百周年事業推進室で基準を策定し、各局の了解の下、控訴人協会からの購入価格を決定したものである。また、デザイン博が終了する期日が迫っており、デザイン博終了後は物件を撤去して地主に土地を返さなければならないという事情もあり、短期間で処理をする必要もあった(k調書)。したがって、このような形で統一的な基準を策定して購入額を決定したのは、妥当なことである。
(三) 移設を要する建築物について、転用評価額に〇・五を乗じたことについて
この点については、移設を要する建築物等は、再度建築工事を要することから、その価格は、工事費全額ではなくその中の材料費相当額とするのが適切と考えられたところ、工事費全額に占める材料費の割合について、担当者が建築局の技術管理課に確認して、材料費が占める割合は半分ぐらいとの回答を得たため、五割を乗じたものである(k調書)。そして、物の価値としては、名古屋市購入物件の多くがデザイン博のために特別に作られたものであって、デザイン性に富んでおり、また、材料の加工手間賃も価値としては増しているのであるから(k調書)、〇・五を乗じた金額は、全体としては相当なものである。
被控訴人らは、本丸ステージ材料は、ほとんど使用されずに廃棄されたなどと推測するが、これは証拠に基づかない主張であり事実に反する。すなわち、使用可能な部材はできる限り再利用する方針で再建築したものである。現に被控訴人らの指摘する「鉄骨及び木材」はほとんど再利用している。控訴人a自身、東山公園の本丸ステージ材料が使用された休憩所を確認し、大部分右材料を使っていると述べているところである(控訴人aの第二回調書)。たしかに、本丸ステージを転用するにあたり、用途が変更されたこと(ステージから休憩所へ、楽屋から倉庫へ)などから、結果として転用に当たって再利用できない部分が生じたことはやむを得ないことであり、また、文化財を移築する場合のようにすべての部材を再利用しようとすれば、過分の手間と費用が必要となるのであり、不適切といわざるを得ない。なお、一億四四八七万円余で建築した本丸ステージを、約一億五〇〇〇万円で休憩所と倉庫に転用したのであるから、この点から言っても、本丸ステージ材料の評価(名古屋市取得額)は適切であったのである(なお、撤去運搬費一七三五万円が余分にかかるのは移築した以上致し方ないところである。)。
(四) 移設を要しない物件については、〇・九を乗じたことについて
これは、協会の示した転用評価額をその物件の取得価額とみなし、法令の定めるところにより各物件の減価償却を行ったところ、すべての物件について、減価償却後の金額が転用評価額に〇・九を乗じた金額を上回ったことを根拠とするものであった。なお、減価償却の方法は、「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」(丙六〇)により、各物件の取得価額から残存価額を控除した金額に各物件の耐用年数に応じた償却率(デザイン博の開催期間が一年未満であったため、省令四条三項により求められた事業年度の月数(五月)を別表第九により求められた定額法の償却率に乗じ、一二で除すことにより算出した。)を乗じた額が減価償却額となった。したがって、減価償却後の金額は、「取得価額(すなわち転用評価額である)‐(取得価額‐残存価額)×耐用年数に応ずる償却率×五÷一二」という数式によって求められた。これにより計算すると、すべての場合において、〇・九を上回った。
被控訴人らは名古屋市が購入した物件について、廃棄物であるなどと述べるが、乙五一ないし乙三〇七の写真を見れば、これらが有効利用されていることは明らかである。また、同等品の存するものは、デザイン性を捨象しても、本件購入価格は適正であった。
(五) なお、被控訴人らは、「赤字額から逆算して、売却可能な物品数ないし施設数を算定した」などと述べるが、これも全く証拠に基づかない主張である。控訴人協会が提出したリストに基づいて、各局が必要性を判断するためにデザイン博の会場を見学しており、また、各局からの希望が重複して調整が必要なこともあった(k調書)。各局が必要性を検討し、予算の範囲内で必要な物件を購入したもので、原判決が述べるように、上からの指示に基づいたものでないことは、k証言から明らかなところである。
6 施設提供物件について
(一) 原判決八三頁では、控訴人協会が無償で取得した物件を、控訴人協会が提示した価格に近い非常に高額な価格で買い受けるということも異例の措置であったと述べ、具体例として創造の柱及び農楽図陶壁をあげる。
(二) 創造の柱(別表番号一〇四)は、デザイン博のシンボル的存在であり(例えば、公式記録(丙一三)二二頁参照)、極めてデザイン性が高く、もともと設計連合が、五〇〇〇万円と評価して施設参加を募ったものである(丙六一、一九頁)。高さ二〇メートル、仕様はスチールフレームであり、現在も、名古屋国際会議場の前にそびえ立っているものである(乙一八九)。この物件は、それほどデザイン博開催期間中に価値が低減するということも考えられないものであり、したがって、設計連合の評価額に〇・九を乗じた金四五〇〇万円で購入したことにより、何ら名古屋市に損害が発生するものではない。
(三) また、農楽図陶壁は、二五〇〇ピースもの磁器タイルを合わせて作られたもので、縦六・八五メートル、横一八・二五メートルの大きさがあり、陶芸作家が監修し、韓国の釜山で焼かれたものであって(丙一三、二三頁及び二二二頁)、デザイン性、芸術性も高いものである。これについても、価値としては、工事費を除いて一億円であり(丙六九)、デザイン博開催期間中に価値が低減することも考えられず、現在も、白鳥公園に展示されているものである(乙一九〇)。したがって、名古屋市が金七七四〇万円で購入したことについて、何ら名古屋市に損害は生じていないものである。
7 購入物件のデザイン性について
(一) 原判決(八八頁)では、本件各契約によって購入した物件の多くは、特別人目を引く変わったデザインのものであるとまではいうことはできないから、これらの物件の多くは、特にデザイン博開催の記念になるということはできないし、また、右施策の推進に大きな効果があるとまでいうこともできない、しかも、本件各契約の目的物の多くは、このようなものであるから、市販品を取得することにより調達することができるものであり、したがって、入札によらず、随意契約によって取得する必要性のないものであったと判示する。
(二) しかし、名古屋市購入物件の大部分が、特注品であり、デザイン性に富んでいるものである。したがって、大部分は控訴人協会からしか購入できず、随意契約による外なかったものである。なお、放送用スピーカー・電話交換機などは、確かに格別のデザイン性があるとはいえないかもしれないが、いずれも有効利用されており、購入価格もいずれも妥当なものであるから、名古屋市に損害はないものである。
8 万一、本件売買契約が無効となった場合の損害論
(一) 控訴人らは、本件売買契約については何ら問題がなく、また本件売買契約の有効、無効性を論じなくても損害はなかったものと考えている、ただ、原判決のように本件売買契約が無効と判断された場合の損害論はどうなるのだろうか。
(二) 契約が無効になった場合は、契約当事者双方に原状回復請求権、不当利得請求権が発生する。本件に即していえば、名古屋市から控訴人協会に対して、<1>支出した金員の返還請求権が発生し、控訴人協会は、名古屋市に対して、<2>本件売買目的物の返還及び、<3>本件売買契約時から返還時期までの物の使用利益の返還を請求する権利が発生することになる。契約無効時の双方の原状回復義務は同時履行であるため、名古屋市の有する<1>の権利と控訴人協会の有する<2>及び<3>の権利の調整が必要となる。この点既に詳述したとおり代金と物には対価性があるものであるから、<2>の物そのものの価値が、時間が経過して低減したとしても、控訴人協会は名古屋市に対して<3>の使用利益の返還の請求をすることができ、<1>と、<2>及び<3>を合計したものとは結局、対価性を有するものである、したがって、契約が無効の場合でも、名古屋市に不法行為法における「損害」はなく、控訴人協会に不当利得法にいう「利得」はないものである。
9 以上のとおり、控訴人らが主張したいずれの点においても、名古屋市に損害はないものである。
第五 責任論
一 住民訴訟における「当該職員」の責任存否に係る判断基準について
1 住民訴訟において、原告住民より個人責任としての損害賠償責任を請求される「当該職員」は司法の場において、その職務として行なったところの財務会計行為の違法性の審査を受け、その違法性を確認されたのち、その個人としての責任の有無につき、事後的客観的な司法審査を受けるものである。したがって、裁判所の事後的客観的な司法判断において当該行為の違法性が確認された場合に、自動的に当該職員の個人的な賠償責任が認定されるものではなく、当該職員の当該財務会計行為を行なった時における当該職員の認識の内容、程度、当該行為をなした時の客観的諸事情等を総合して、右責任の有無が判断されるのが司法審査における責任判断のあり方であるはずである。
2 住民訴訟で問われる当該財務会計行為の内容は、当該職員の利得(横領、背任)行為から、高度な行政裁量行為まで、幅広いものであり、当該財務会計行為が、事後的客観的に司法判断される場合にあっても、当該行為が前者のような利得行為ではなく後者のような高度な行政裁量行為の法的性質を具有すればするほど、責任の有無に係る司法判断の事後的客観的判断は行政裁量の法的許容範囲を充分意識しながらなされる必要性がある。それは、株主代表訴訟におけるいわゆる「経営判断の原則」と類似するものである、株式会社の経営者と同様、現代の地方行政機関の首長や、幹部職員の職務は、その質量ともに高度かつ膨大であり、その職務をとりまく状況把握や判断は、機敏かつ機動的になされることを求められ、その行政施策は、その当該行政施策を求められている当該時点においてはその施策を実施することが緊急かつ必要とされることも多く、また必然的に政治性を希有するものである。したがって、右の諸要素を統合勘案してなされる行政裁量行為そのものの当否を検討するには、当該行為のなされた状況、行為者の認識を基礎に、当該行政裁量の具体的許容範囲を検討すべきであり、それは健全な法常識を通じてなされることが強く求められるものである。
3 右の判断要素を欠如したまま、当該行為が事後的客観的判断としては違法であるということのみで、当該職員の責任を安易に結論づけるべきではない。原判決のような思考は許されるべきではない。当該職員が行政機関として行った行為が、行政機関としての行為を離れて、どうして個人としての損害賠償責任に転換されるのか、行政機関として同様な行政行為を行う国家公務員については、責任追及システムが無く、なぜ地方自治体の職員にのみ法定されているにとどまるのかという住民訴訟における原理的問題に留意すべきである。また、行政裁量に属すべき個々の行為の違法性が、地方自治法の本来的是正システムである議会における政治的批判、首長等のリコール、首長を選出する選挙等における住民の投票行為などの中で問われずに、住民訴訟において、当該職員が、個人責任を問われる場合があるとされていることの問題性を考えるべきである。そして、この場合においても、個々の当該職員の現実の職務の内容が、質量ともに膨大なこと、しかも、臨機応変に緊急かつ機動的に判断することを求められていること、さらに、その職務の方法が、多数の職員の実質的判断を通じて、その成果を基にして、かつ、その職務内容を信頼して、積み重ねの上でなされるものであること、及び当該職員の能力(当該職員は全知全能でもなく、限られた情報量の中で早急な、機動的な行政判断を強いられているし、当該判断をなす場合でも、全てのことを最初から一つずつ自身で検証して判断する時間的余裕もなく、右検証を不可能とする程の膨大な事務量、案件の量がある)等を具体的に検討した上で判断をすべきであることは言うまでもない。
4 住民訴訟は、地方自治を法的に補充し、その違法を是正する司法システムであり、その制度的意義は極めて高いものであることは論を待たない。しかし、右住民訴訟の訴訟方式は、地方自治法二四二条の二第一項一号から三号の形が本来的原則的であって、四号の当該職員に対する損害賠償請求は、その後に検討されるべきものである。そして、四号の損害賠償責任の有無を検討する場合には、機関としての行為が、前記の諸要素や問題性に留意し、当該職員に対し個人の責任としても、賠償責任を課するという、法的効果を生ぜしめる程の注意義務の重大な違反があるかどうかを判断すべきである。従来の判例が、住民訴訟の前記問題性を充分斟酌し、厳格に当該職員の過失責任を判断してきたことからすれば、原判決が違法性さえ確認されれば、当該職員の個別具体的認識や同人の認識を推認する具体的事情を看過して当該職員の責任を結論づけたことは、批判を免れないものである。近時、近江八幡市の「献穀祭」を巡る住民訴訟(大阪高裁平成六年(行コ)第三号)で、大阪高等裁判所が平成一〇年一二月二五日言い渡した判決も、控訴人職員の個人責任を実質的に審理判断し、その責任を否定しているところである。右判決は、「献穀祭」への公金支出は違憲違法としたが、支出行為をした職員が当該支出の違法性を認識できなかったとし、右違法性認識に係る具体的事情を詳細に事実認定しているものである。
二 本件事案における控訴人らの具体的な責任の存否について
1 前記のとおり、住民訴訟にあっても、控訴人である当該職員の個人責任の存否を判断する以上、その存否の判断は具体的になすべきである。
2 本件で、控訴人a、同e及び同bの責任(故意、過失、重過失)が仮に認定されるとすれば、右控訴人らが行為時に、当該財務会計行為(売買契約の締結、同売買代金の支出)によって、名古屋市に「損害」が生じるであろうこと、右「損害」が発生することを予測していたことを基礎づける事実を具体的に認識していたか否か、である。右違法性及び名古屋市に対する加害性(詐害性)の認識を生ぜしめる事実、ないしそれを認識すべきことを行為当事者に求められる事実とは、原判決の論旨によって述べれば、本件各行為が双方代理の形式によって締結されることによって生じる各種の「弊害」(原判決一〇六頁四行目、一一一頁末尾、一一五頁九行目、一二二頁八行目)を控訴人らが認識していたか、あるいは認識し得べきであったかに係るものということになる。
3 右「弊害」とは、原判決によれば、<1>赤字回避という控訴人aの政治目的のために本件売買がなされること、<2>真に購入する必要性が疑問視されるのに本件売買がなされること、<3>購入物件の価格の妥当性が疑問視されるのに本件売買がなされること、等である。原判決は、右「弊害」を防止するために双方代理の規定が遵守されることを求めるものであった。しかし、前述のとおり右<1>の購入の目的、<2>の購入の必要性、<3>の価格の相当性は、いずれも、当該行為当時、充分客観的合理性を有していたことは明らかである。他方、その行為当時の状況で判断すれば、本件売買は、その記念性やデザイン性の継続的保存を行うものであり、記念性デザイン性を保有する多くの物品、物件等が本件売買行為の対象となっていたこと、価格や購入物品の選定は、いわゆる「転用会議」という合議体の中で検討され、限られた時間の中で多様な対象物品について、適正な価格を設定するため、本件各物件について、その計算根拠及び基準の確定根拠等についても検討をなしたもので、充分な合理性を有するものであった。
4 控訴人らが、本件財務会計行為当時、原判決の述べるような「弊害」が生じ得ることを予測し得るに足る事実の認識を有していなかったことは、客観的事実そのものが、そもそも「弊害」を生じさせ得るようなものではなく、むしろ、適正なものであったことによっても、これを基礎づけるところである。また、前述のとおり控訴人らは、本件行為当時、控訴人協会が「赤字」になるとの認識すらなかったものであり、本件各物件の購入の必要性や価格の相当性についても各局及び担当部局の判断を信頼しており、何らの疑問も有していなかったところである。特に控訴人bにあっては、収入役としての職務を行ったものであって、その職務の範囲内で判断せざるを得ない状況下にあったものであるから、本件支出行為については、責任を追及されるべきものではない。
5 さらに、原判決は、原判決が述べる「弊害」が生ずる蓋然性が高くなるので、控訴人らは民法一〇八条を想起して然るべきとする。しかし、控訴人らにおいては、名古屋市と控訴人協会の関係(その分身性、一体性)や控訴人協会の性質(デザイン博終了に伴い解散し、名古屋市が主体的に残務整理する。)から、利益(利害)の相反関係が生ずるとは予想だにしなかったものである。両組織の実質的な同一性、人的組織一体性等からすれば、一般論としても、民法一〇八条の双方代理の適用など想起することは無いというべきであり、このことは、両者間に事実としても利害(利益)の相反関係が無いのであるから、なおさらのことである。
6 以上のとおり、控訴人a、同e及び同bは、各財務会計行為時において、本件売買契約ないし売買代金の支出につき、「右行為が双方代理の形式をとっていることから名古屋市と控訴人協会の利益(利害)相反関係の発生を想起すべき」とする法的義務そのものがないのであり、したがって、注意義務違反は存しない。原判決は、普通地方公共団体である名古屋市と(同市の分身であり、解散を予定された非永続的・一時的法人である)控訴人協会のような両法人間の法律行為について民法一〇八条の「類推」適用があるとしたが、前述のとおり、この判断は誤りである。しかも原判決は、「類推」適用としながら、控訴人らの個人責任を導き出す理由として「民法一〇八条は代理行為について基本的な原則を定めた規定で、本件行為にも適用されると考えるのが自然」と述べて、類推ではなく適用そのものとして論を進めている。しかしながら、控訴人らにおいて、本件財務会計行為をなした当時、原判決のような判例や考え方等は全く存在しておらず、控訴人らが本件行為をなすに際し、原判決のような考え方について、これを検討することすらできなかったところである。右の事情の下にあるにも拘わらず、控訴人らにおいて民法一〇八条に反することを認識しなかったのは(重)過失であるとする原判決は、注意義務違反の検討について、誤った立場に立つものであり、控訴人らの賠償責任が個人責任であることを全く忘れたものである。
7 本件住民訴訟は、当該職員が行政機関として職務上行なった高度な行政判断について、一〇億余円に及ぶ巨額の損害賠償義務を、控訴人ら個人に命じているが、個人の賠償義務の有無の判断に際し、その責任(故意・過失)の判断を誤っているものである。本件売買においては、本件売買の目的、本件売買の必要性について、その合理性の欠如が客観的かつ明白に認定されるものではなく、その価格の相当性についても違法性はなく、かつ、両者間に利益(利害)の相反関係もないのであるから、控訴人らが、当該財務会計行為をなすに際し、そもそも原判決が述べるような注意義務そのものが無いのであり、したがって、注意義務違反もないのであるから、個人としての損害賠償義務も発生するものではない。
以上のとおり、本件においては、控訴人らの責任は認定されるべきではない。
第六 結論
一 デザイン博は、平成元年七月一五日、「街中が博覧会」を合い言葉にして、名古屋城、白鳥、名古屋港の三会場において開催され、同年一一月二六日三会場における合計入場者数一五一八万人(これは、当初の目標であった一四〇〇万人を一〇〇万人余り超える数字であった)という多数の入場者を迎え入れ、盛況裏にその幕を閉じた。世はまさにバブル景気の最盛期を迎えようとしていた時であった。デザイン博終了後のマスコミは、「デ博『効果』は一兆円 試算の約二倍、黒字確実」(平成二年三月六日毎日新聞夕刊)、「波及効果は一兆円」(同日朝日新聞夕刊)とデザイン博による経済的波及効果を賛える記事も散見するが、多くは、入場者数より遺産とされ「潤いのない街といわれた名古屋が『デザイン』ということで多少なりとも、きれいになった」(同年九月一〇日日経)、「街に元気出てきた」(同年一一月二三日朝日)、「街の美しさ人を呼ぶ」(同年一一月一五日日刊工業)等々デザイン博を契機に「街が変わった、よくなった」と賞賛する声がほとんどであった。批判的記事もなかったわけではないが、デザイン博を開催したこと自体を批判する記事はほとんど見当たらなかった。
二 その時である、突如本件訴訟が提起された(平成二年八月二四日)。デザイン博の「赤字を隠す」ために、名古屋市は無価値で不必要なデザイン博で使用した施設・物件を巨額で購入したというものであり、右物件を購入した契約は民法一〇八条の双方代理禁止の規定に違反してなされたものであり、また随意契約が許される場合でもないのに随意契約で行った違法もあるとの主張であった。
右訴訟は、デザイン博の意義、控訴人協会の性質、右デザイン博の物件を購入した各取引の実態等を全く無視したものであり、専ら控訴人らを個人攻撃し、デザイン博の意義を矮小化しようとする政治的色彩の濃い主張と解された。
三 ところがである。驚くべきことに、原判決は、被控訴人らが作り出した「赤字隠し」という幻を軽信し、この幻影に躍らされて本件売買を被控訴人らが主張するように双方代理禁止の場合に当たるとし、民法一〇八条を類推適用して違法無効としたのである。
さらに原判決は、名古屋市が被った損害について、「名古屋市に右代金相当額の損害を被らせた」として、売買代金相当額を直ちに本件各売買によって名古屋市が被った損害と認定したのである。
四 原判決は、以上詳述したようにデザイン博が名古屋市の市制百周年事業のメインイベントとして行われたものであること、名古屋市と控訴人協会の間に利害の「対立」が生じることなどあり得ない関係にあるという実態を全く無視したものであった。民法一〇八条の類推適用についても、本件各契約に同条を適用することが妥当か否かを詳細に検討することなく全く形式的に適用したものであった。また、本件各売買において、行政庁の裁量についてどのように考えるべきか等行政裁量については全く検討がなされていない。あたかも、民法一〇八条に抵触すれば総ての法律行為が違法無効であるかのような認定である。
このように、本件各契約の実態を全く無視し、形式的に民法一〇八条を類推適用することが現行法の解釈としていかに誤ったものであり、不適切な結果を導き出すものであるかは、既に十分論述し尽くしたところである。
被控訴人らの主張の要旨
第一 本件各売買契約の違法性
一 はじめに
被控訴人らは、控訴人らの「赤字隠し幻想論」は根拠のない言い逃れであり、控訴人らが事実を歪曲し、真相を隠蔽しようとしていること、並びに本件各売買契約はいずれの面からみても違法であることを、整理して主張することとする。
二 控訴人aの控訴審における供述に関連する事実関係
1 デザイン博の主催者について
デザイン博の主催団体は控訴人協会であり、名古屋市はその一構成団体に過ぎない。証拠上、<1>財団法人世界デザイン博覧会協会の目的が、一九八九年の名古屋市におけるデザイン博の準備及び開催運営を行うこととされていること、<2>百周年記念事業推進室室長のdが、デザイン博覧会そのものは財団法人世界デザイン博覧会協会が企画運営し、協会は独自の財団法人であって、名古屋市とは別である旨証言している。
2 デザイン博が赤字になるかもしれないという認識を控訴人aが有していたことについて
控訴人らは、「赤字隠し」の意図はなかったと主張し、控訴人aは「デザイン博の収支が赤字になるということは、全然思っていなかった等述べているが、それならば何故「有償」で名古屋市が物件を購入しなければならないのか、について全く理由が示されていない。
控訴人aは、デザイン博の期間中、市長室のモニターテレビで毎日各会場の様子を見ており、入場者数をチェックしていたという。平成元年九月当時、かき入れ時の学校の夏休みが終わった時点での入場者数は一日当たり約八万四七五〇人に過ぎず惨たんたる状況であった。大阪万博の企画と実施に携わり、博覧会に造詣が深い評論家で現在経済企画庁長官の堺屋太一氏は、「万国博は赤字でもよい、入場者数にこだわるな、という人もいる。しかし入場者が少なく赤字になるのは大衆の支持がないからである。」と述べて、博覧会は赤字であれば失敗であると明白に述べている(甲三四の一)。主催者の最高責任者がこれを心配しないというのはどうかしているのであって、万一、デザイン博の決算が赤字であると報告されたならば、デザイン博は成功したと評価されず、その場合責任者である控訴人aは北海道で失敗したm知事と同様の政治責任を追及された筈である。控訴人aは、そのような政治責任を回避する目的で本件各契約を締結したものである。
3 物品購入に名古屋市の方針が転換したことに関する控訴人aの認識時期について
まず、当時総務局長だったgは、控訴人aが平成元年九月頃に本件購入の件を知ったことを認めている。この点に関連して百周年事業推進室室長だったdも、市の上層部と事前相談したことを臭わすような趣旨証言をしている。控訴人eは、九月末頃に本件物件購入を了承した旨明確に認めている。そして同じ報告が市長へもいっていることを控訴人eは明白に認めた。
以上の証拠関係からすれば、平成元年九月下旬頃に控訴人aが本件物件を購入する方針を了承したことは、動かし難い事実である。
4 本件各契約に対する控訴人a、同eら(市の最高幹部)の関与について
(一) 控訴人aは、「d君の話では、各局でその(購入の)必要性、金額について責任を持って精査した結果とのことでしたので、私としてはその方針を了承しました。」と述べているが、この陳述も事実に反する。本件物件の購入は、j証人が証言等するように、市上層部からの指示で各局に押しつけて購入させたものであって、各局が購入の必要性を感じて購入したというような実態ではない。また金額について各局の具体的な検討などしていない。k証人は、購入価額は各局の要請を受けて同人ら百周年記念事業推進室で検討して統一見解を示し、移設を要するか否かで設置価額の五割ないし九割という金額を打ち出したと証言している。控訴人aが供述するように各局で精査したなどという報告をdがするはずがない。
また、本件購入は未消化の予算を流用して敢えて購入に踏み切ったというのが実態である。控訴人aが「既定予算の範囲内で購入できる。」と陳述しているのも、特に新しく補正予算を組まなくても買えるという意味に留まり、そのいわんとする内実は「流用できる予算の範囲内で」ということである。そして控訴人a自身、一二年の在職中、年度途中で、一〇億を超えるような予算を流用して、特定の物品購入に変えるというような具体的な記憶がないこと、さらに、多数の局が同じ目的で、統一的に予算を流用したこともないかもしれない旨供述している。
(二) 本件購入は控訴人a、同eら市の最高幹部からの指示、いわば「天の声」に基づくものであった。この点は、j証人の証言、供述記載で証明されている。
5 選挙公約との関係について
控訴人aらは、せっかく入場者数(観客動員数)が目標の一四〇〇万人を上回り、街がきれいになった等、一部の評判がよいデザイン博が、終了後に「デザイン博の収支は赤字だった。入場者数が目標を上回ったのに赤字になったのは入場者数を水増しするため入場券を只でばらまいたり、同じ人が何回も入場して、実は見せかけだけの入場者数の確保だったからだ。」という真相が明らかになり、せっかく成功したという世間の評価がぐらつくのを極度に恐れた。デザイン博が当時の控訴人aの最重要課題であり、その収支が赤字に転落したことによる失敗評価が出れば、それが市長の政治生命に影響を及ぼす重大な事実となることは明らかである。これは原審で控訴人aの腹心剱持が、市長の政治姿勢としては一番大きな百周年記念事業であるということで、市長の政治生命に大変大きな影響力があったと思う旨証言していることからも明らかである。
6 本丸ステージ材料購入について
名古屋市が購入した本丸ステージの鉄骨・材木の大半は利用されていない。
すなわち、第一に、まず購入された鉄骨・材木は東山公園内に半年以上の長期間にわたり野積みされており、風雨などで相当程度劣化していたことは間違いない。このように錆びた鉄骨や腐った材木をいくら発注者側が再利用してくれと要請しても、再利用するためのコストや技術問題を考慮すれば、実際にどれだけ利用されたかは疑わしい。補助参加人名古屋市は被控訴代理人のした建築局保管の東山公園内の休憩所に関する設計図書・積算書等の公文書公開請求に対しこれを公開しなかった。再築当時の設計図書を名古屋市は保管している。それを証拠として提出すれば事実関係を明確にできるのに、それすらせず単に「利用したはずだ。」と反論しても信用できない。名古屋市側のi証人の証言内容(購入した材木につき、相手方がどう利用したかは把握していないというもの)から推察するに、建築業者が名古屋市から供給された鉄骨・材木は大半を廃棄処分して新品の材料を準備し、その追加経費は他の項目の見積額を水増しして帳尻を合わせた、つまり新南陽工場事件と同様の手口で辻棲を合わせた可能性が濃厚である。第二に、もし大部分の材料が利用されたなどというのであれば、次年度予算でかかった約九〇〇〇万円もの建築費用は一体何に利用されたというのであろうか。j証言では休憩所に六四〇〇万円余、倉庫に二三〇〇万円ほど追加費用がかかったとのことであるが、果たして材料は大半のものが活用できたのに、その他の人件費だけでこのような多額の経費が掛かったというのであろうか。休憩所は大きな建物ではあるものの、要するに鉄骨を立ててそれに屋根を被してあるだけの土間である。建築物としての難易度は低く、これといった設備費用などもかからない。追加費用の額からすれば、購入した材料を使わずとも本件休憩所の再築が十分可能と考えられる。第三に、j証言によれば、本丸ステージの屋根材と再築された東山動物園内の休憩所の屋根とはその材料が異なることが明らかである。
本丸ステージの材料購入の件は本件売買契約の問題点を象徴的に示している。それは、<1>購入価額が八〇〇〇万円近いという高額売買であるにもかかわらず、購入物が長期間に渡って東山公園内に野積みにされていた点(i調書)、<2>買主たる農政緑地局が希望して購入したものでない点(j調書)、<3>ステージとして再築することが不可能で、利用目的をステージから休憩所、倉庫へと目的を変更しなければ購入の決定をできなかった点(i調書)、<4>再築するのに購入価額を上回る九〇〇〇万円もの大金を要した点(i調書)など、どれをみても異常な契約である。
三 控訴審におけるk証人の証言に関連する事実関係
1 名古屋市が有償購入する方針がどこで決まったかデザイン博使用物件を名古屋市が有償で買うという方針の決定については、背後に市長、助役ら最高幹部の意思が存在したものである。<1>もともとデザイン博に出展された施設や物品は博覧会終了後は撤去される予定であったこと、<2>控訴人aが前年から幻の騎馬像や外国館をデザイン博終了後残すことができないか検討を命じていたのに、それらを名古屋市が購入することは予定せず予算措置も取っていなかったこと、<3>平成元年九月二二日午後四時に協会がkに示した転用リストの価額は約四八億円という高額であったこと、<4>当時はすでに平成元年度後半期に入っていたこと、<5>一件八〇〇〇万円を超える物品購入は市議会の承認が必要であること、などの事情に鑑みて、このような重大な方針転換がたかだか課長級の職員の集まりである企画調整主幹会議で決定されたなどということはあり得ない話である。
2 購入価額決定の杜撰さ
(一) 購入価額については、移設を要するものは設置価額の五割、移設を要しないものは九割という基準を百周年記念事業推進室で決めて各局に提示したとされるが、その根拠は実に薄弱なものである。
(二) k証人は、移転・再築が必要な建築物・工作物については、材料費が価格の大部分を占めるはずだという議論から、建築物の完成工事原価のうちの材料費の占める割合を調べ、その結果、一般的に建築物の完成工事原価に占める材料費の割合は約五〇パーセントであることがわかったので、移転・再建築が必要な建築物・工作物についてはリストの価額に〇・五をかけるという考え方に至った旨陳述している。しかし、この説明には問題がある。
第一に、協会が示したリストの金額は、協会取得価額ないし出展者の設置価額であるから、工事完成原価に加えて製造者の利潤や運送費も入っていることが明白である。したがって、材料費の算出に当たっては工事完成原価の五〇パーセントからさらに応分の控除をするのが当然であるのに、それがなされていないのは重大な矛盾である。第二に、材料費が工事完成原価の約五〇パーセントを占めるというのは材料が新品の場合の話である。中古品の場合は相当大幅な減額をするのが経済界の常識である。本件工事用材料は何も骨董品的な価値など全く存しないことは明らかである。なお、控訴人らは移設を要しない物件については減価償却の考えから一〇パーセント控除しているのに、移設・再建築を要する物件については減価償却の考えを採用しなかった。k証人が述べる材料費が工事原価の約五割を占めるから協会リストに〇・五を掛けたというその説明からは、原価償却を排除する理由はないはずである。第三に、移設・再建築を要する建築物・工作物の場合は、当然ながら、鉄骨・木材等を一度解体するわけであるから、それを再建築する場合には余分な経費がかかる。解体するときに破損して使い物にならない部材が発生したり、鉄骨の場合は再度溶接をしなければならないからである。このような経費も控除するのが当然であるのにその点も全く配慮されていない。建築専門家のk証人が、加工した鉄骨が付加価値があるのか逆にマイナス要因かどの質問に対し、「加工した分だけ付加価値がついておるというふうに判断した。」と証言している箇所は全く不可解と言うほかない。加工した鉄骨をそのまま移設する訳ではない。移設するために一旦解体して運ぶ訳である。しかも本丸ステージ材料の場合、仮建築物を本建築物とする訳だから、鉄骨の補強も必要だろうし、溶接も必要になることは素人にも明らかな話である。にもかかわらず加工鉄骨が付加価値があるなどという破綻した証言をするk証人の証言態度は、何としても控訴人側を擁護する証言をしなければならないという至上命題を持って出廷した証人の立場を示し、哀れですらある。
(三) また、k証人は、「移転・再建築が必要な建築物・工作物以外の物件については〇・九をかけるという考え方は、減価償却資産の耐用年数をもとにその残存価格を算出するという考え方に原点を求めた。」旨陳述している。しかし、これも非常識な高額を取得価額とするものである。
デザイン博への出展物件はデザイン博覧会一三五日間の展示を目的として製作されたものである。耐用年数という観点で考えると、耐用年数は一三五日間でよいのである。建築物や工作物はデザイン博終了後は撤去されることを想定して建築、工作されたものだからである。確かに、なかには電話交換機、スピーカー、電光表示板などのように単純な代替物・電気製品もあり、これらの耐用年数はより長いのかもしれないが、このような代替品の中古物品の時価はとても購入金額の九割などという高額ではないのが常識である。どう考えても購入価額の設定は売主有利で買主の名古屋市の立場が蔑ろにされている。
(四) 名古屋市が工事用材料を購入する場合には、その運送費用は売主に負担させるのが常識であり、乙一ないし同五〇の各契約書雛形でもそのようになっている。ところが本件契約に限っては運搬費は買主たる名古屋市の負担とされた。何故このような仕組みになったのかk証人は合理的な説明ができなかった。k証人は「構成五団体の方に申入れを協会がいたしましたけれども、そのときの条件が運搬撤去の費用はたしか相手持ちというふうな前提でお話を伺っておりましたので、当初からそういうことであろうというふうに思っていましたから。」(k調書)などと証言するのみである。一般取引ではこのような条件を売主が提示することなどおよそ考えがたい。こんな横着なことをいっていては中古物件など購入してもらえるはずがないからである。なぜこのような条件が通ったのだろうか、それは運搬撤去費用を控訴人協会が負担するとなると、控訴人協会の収入金額の予想が困難になり、市が幾ら物件を購入すれば控訴人協会の赤字が消せるのか、その見通しが難しくなるからである。本件購入が市長・助役の了解のもとに進められ、総務局・財政局が協力して推進している案件である以上、各局は運搬費用も自己負担という非常識な契約条件にすら異を唱えることはできなかったのに違いない。
四 g陳述書(丁二)、l陳述書(丁三)に関連する事実関係
1 幹部会の実態について
控訴人らは、名古屋市における幹部会は市長の市政全般に関する感想を主とする短い発言と各局からの報告が専らであって、具体的な要請などなされる場ではない。このような性質を有する幹部会において、総務局から原判決が認定したようなデザイン博で使用された物件の購入について購入物件を増やすようにとの具体的な要請がなされたとするj証言は、信用し難い旨主張している。しかし、右控訴人らの主張は以下に述べるように失当である。第一に、幹部会は、幹部会規程第一条(甲三一)で「市政に関する重要事項を協議し、各部門相互間の連絡調整を図り、行政の総合的かつ能率的運営に資するため」設置されていること、毎週月曜日午前九時から定例的に行われ、市会本会議の前には市としての答弁を検討、調整するため臨時「幹部会」が持たれていたこと(定例幹部会と臨時幹部会は全く違うとのg陳述書は、両会議の目的が違うというだけで、その重要性は同じだと考えられる)、幹部会の構成員は市長・助役・収入役・局室の長及び教育長という名古屋市の最高幹部全員であること(控訴人aは元助役、現市長松原は元教育長という経歴である)などから、定例幹部会が市政の方針や懸案事項を実質的に議論したり、意思決定を行ったりする場とはなっていないなどというgの陳述をそのまま鵜呑みにすることはできない。第二に、市政の方針や懸案事項を議論する場としては、幹部会の他にも長期計画などを討議する企画会議や、個別に検討しなければならない重要案件などを協議する御前会議(助役室会議)などの場もあった。しかし、幹部会には、「財政局予算内示」などの重要案件はその内示案を作成した財政局長が幹部会にその概要を説明しその後に各局に内示するとか、「助役依命通達」などは助役が幹部会の場でその趣旨を説明し、その後に職員への周知措置を取ったりしており、幹部会が重要事項を協議する一つの機会であったことは間違いない(甲四一、甲三七)。第三に、gはその陳述書で、「ただ、感想といいましても、その内容によっては、事業に関する市長の意見、問題提起など色々に受け取られる場合もあり、各局の所管事項に関して市長の発言があった場合には、各局で対応を検討するのが実状でした。」、「なお、総務局では、毎週月曜日の朝に幹部会が終了すると、午前一一時から総務局の部長、公所長が集まって部長公所長会が開かれ、私から幹部会の内容を報告していました。その後、各部で部課長会が開かれ、各課長にも幹部会の内容が報告される取扱いとなっていました、なお、総務局以外の各局でも、同様の部課長会を開いて、市長発言とか各局の報告事項を部下に周知していたと思います。」と述べている。これは定例幹部会が市政に関する重要事項を協議決定する場であることを、はかなくもg自身が吐露してしまったに等しい説明である。もし、幹部会が、控訴人ら主張のように「具体的な要請などなされる場ではない。」という実態ならば、つまり茶飲み話程度の会ならば、各局が幹部会の直後に、このような部長公所長会、次いで各部部課長会を開いて幹部会の内容を報告し、その周知徹底を図る必要などない。時として重要方針の伝達があり、また各局への問題提起、具体的要請がなされるからこそ、各局でかような会議が持たれるのである。甲四一(j上申書)の二頁にあるように、「幹部会での市長・助役の発言、各局長らの報告や要請は、市長ら最高幹部の意思に基づくものであって、職員にとってはそれはまさに「天の声」と受け止める非常な重みがありました。」というのが、幹部会の偽らざる実態に他ならない。
2 g、l両氏のメモの証拠価値
控訴人らは、jが証言しているような総務局長発言が、g、l両氏のメモに記載されていないから、jの証言は事実に反すると主張している。
しかし右主張は全く根拠薄弱であり、j証言の信憑性を崩すことなどできない。以下にその理由を述べる、第一に、総務局長であったgは、原審において、自分の発言はメモしない、メモを取るのは市長や助役の発言である旨明言している。だからgのメモに自分の発言がメモされていないのは当たり前のことであって、gのメモに記載がないことなどj証言を攻撃する証拠価値が全くない。さらに総務局長は幹部会の司会を務める重要ポジションであって、総務局長の発言が必ずしも事前に資料の提出されている項目についてだけでなく、その時の状況に応じ資料がなくとも発言することがあり得ることなどは容易に想像できる。なお、gの原審での証言内容と控訴審で提出されたgの幹部会メモとの間には、gメモの一〇月一六日欄にはデザイン博に関連して「デザイン博記念宝くじの追加発売(収益見込三〇〇〇万円)」「デザイン博市民感謝ウィーク」などの記載があるのに、証言では「博覧会に関連したことは全く書かれていない。」と断言しているなど両者には矛盾があり、gの原審での証言がいかにj証言を否定するための作為的なものであったがメモの提出によって一層浮き彫りになったと言える。第二に、lは平成元年一〇月当時総務局企画部長の職にあり、局長・理事に次いで総務局ナンバー三の要職にあった人物である。当然ながらg総務局長とツーカーの仲であり、総務局長が幹部会に報告したり、他局に要請する事項・内容等については予め知悉していた。したがって、lは、総務局の報告内容については資料として提出してある項目を簡単にメモすれば足りる、内容は自分の頭に入っている状態だったと思われる。しかも、平成六年頃jが証人として出廷することとなった折りに、総務局はjに対し、法廷での証言内容に干渉してきた。つまり、総務局の職員二名がjの自宅を訪れ、『争いとなっている事件に、市長・助役は直接関与してはいない。その点を立証する方針で市は臨んでいる。幹部職員であった貴方も、そのことを理解して裁判に臨んで頂きたい』という趣旨の説明をした。かように総務局は一丸となって本件売買契約に市長・助役が関与していないという至上命題を持って行動していた部局である。lもその総務局の最高幹部の一人だったのである。しかもlは、控訴人aが名古屋市土地開発公社理事長の職にあったとき、同公社副理事長として公社が土地売買契約を締結する際に控訴人aに代わって公社を代表して題名していた人物であって、本件事件で重要争点になっている双方代理禁止規定の件で書証にも名前の出てくる人物である(甲三八)。このように公平性につき疑問のある人物の幹部会メモなどさほど信用することはできない。もし平成元年一〇月一六日の幹部会でjの証言しているような発言が真実なかったというのであれば、当時の幹部会の構成員・出席者は数十名もいる訳であるから、もっと公平性のおける他局の出席者のメモを多数提出すればよいのにそれはせずにおいて、g総務局長、l総務局企画部長のメモしか出さないのはいかにも恣意的であって、この程度の書証では到底j証言を弾劾することなどできない。
3 企画調整主幹の会議における転用の議論の経過
施設転用企画調整主幹会議の出席者名簿によれば、一〇月九日の会議には広く各局の企画調整主幹、経理担当者の名前が記録されているが、一〇月二〇日の会議の出席者は、市民局、経済局、農政緑地局、計画局、教育委員会などごく一部の限られた局の関係者と、建築局指導課長・技術管理課長ら建築専門家に絞られている。つまり、一〇月二〇日時点では購入希望の少ない局の関係者で、総務局側が購入を促進したいと考えていた局の関係者が集められ、デザイン博施設の移築が可能かどうかの建築専門的なことも協議されたことが推測される。また、一一月二日付けの「世界デザイン博覧会施設の転用について(依頼)」との表題の文書は、作成名義人が総務局百周年事業推進室長と財政局財政課長の連名となっている。これはこの時点で総務局と財政局とが協力して、デザイン博施設の購入方を各局に強く促していたことの現れである。この文書中には「みだしのことにつきましては、先般来重ねて検討などのご協力をお願いしているところですが、このことにつき引き続き具体化を図りたく」とあるように、一一月初め時点でも購入希望が少なく、総務局と財政局とが必死になって購入希望を増やすべく努力している様がよく見て取れる。これらの控訴審になって新たに提出された書証から読みとれる内容はj証言とよく符号する。すなわち、i証人(平成元年当時、農政緑地局東山総合公園事務局業務課長)は、第一回の購入希望を出した一〇月上旬には、東山公園が出した額はベンチだとかゴミくずかごといったもので二、三千万でなかったかと思う、三回目の希望は、本丸ステージ材料を含め一億五〇〇〇万円ぐらいになった旨証言しているところ、一〇月一六日の幹部会は、一〇月九日の企画調整主幹会議で購入希望が非常に少なかったという時点で開催された。そして幹部会直後の一〇月二〇日のデザイン博関連事項の調整会は、農政緑地局のように買取申込の少ない局など、問題点のある局に的を絞って買取の追加申込を求める趣旨で開催されたものと考えられる。j証言にある総務局長の「農政緑地局を名指して、さらに一層の協力を」との発言は、このような平成元年一〇月頃の基本的な事実経過と実によく符合するものである。たかだかg、l両名の幹部会メモに記載がない程度の粗末な証拠で基本的な事実認定が動揺することなどあり得ない。
五 本件売買契約の違法性について
1 控訴人らは、本件売買契約はデザイン博の施設・物品等につき記念になるものを残してはどうかという市民、市議会議員らの要請を受けて有効利用を図ったものだなどと主張しているが、このような要請をした市民、市会議員がどれだけいるかは疑問であるし、市議会での質問は名古屋市が質問者の市会議員に働きかけて質問させた可能性が高い、しかもいずれも市民も市会議員も買ってまで残せと名古屋市に要請してはいない。
2 また控訴人らは、物品購入の必要性につき平成元年九月から一一月まで四回にわたって開催された企画調整主幹会議で検討され、「各局が持ち帰り、各局の稟議により購入物件の要否が検討され、購入物品が選定されるに至った」などと主張しているが、実態は、各局における購入の必要性はごく一部の品を除いて存しなかった。にもかかわらず市長、助役の強い意向のもと総務局・財政局からの要請に抗しきれず、各局のおいて無理やり購入希望が作られていったというものであり、到底、控訴人らが主張するような各局の自発的な選定などではなかった。
3 さらに控訴人らは、名古屋市が購入した対象物は、デザイン博で使用・利用された美術的、芸術的価値を付加された代替性のない物品等であるから、随意契約によったことに合理性が認められるなどと主張しているが、失当である。原判決も認定しているように(八七頁)、本件売買対象物のなかには、放送用スピーカー、大型電光表示板、電話交換機、クーラー、樹木、投光器、フラッグポール、交通サイン、噴水設備、給水設備、電気設備、放送用アンプ、ツリーサークル、フラワーフェンスなどといった特にそのデザインが問題になとならない物件、つまり代替性のある物品が多数含まれている。また若干の芸術性が問題となるかもしれない創造の柱、農楽図陶壁についても購入価額の八〇〇〇万円近いような芸術的価値があるとは到底思えないのみならず、購入後も野ざらしの展示状態を継続している名古屋市においても、本心でこれら物件に高価な芸術的価値を感じているとは思えない。
4 購入条件を平成元年一〇月末までに決定する必要があったのは、博覧会終了後の施設の明渡期限の関係などではない。必要があれば明渡期限の猶予を求めることなど容易だったと思われる。より重要だったのはデザイン博の収支決算が行われる平成二年三月までに売買代金の支払を完了しなければならないということであった。
5 控訴人らは、デザイン博が赤字になって名古屋市に補助金を請求することとなった場合に、補助金交付が市議会で承認されるには施設・物品等を有償処分した上でなお赤字が発生するというやむなき事態が必要だったという主張をしているが、これは、原判決の「名古屋市が補助金交付等で赤字を補填する立場にあった」旨判示(一二四頁)にヒントを得て、本件売買契約の合理性を仮装するために控訴審で新たに主張しだした理屈であるが、この主張は控訴人らのこれまでの主張と首尾一貫しない。つまり控訴人らはデザイン博の経済波及効果は莫大なものがあり、多くの市民もデザイン博には好意的な評価をしていると主張してきた。であるならばデザイン博が最終的に若干の赤字になったとしてもそれほど恐れることなく市議会に補助金交付の提案ができたはずである。当時の市議会はいわゆるオール与党体制であったことからしても、市議会での承認など容易に得られたに違いないという現実からも遊離した言い分である。
もし本件売買契約が真実デザイン博の記念に残したいというのであれば、その旨広く市民に公表して、例えば広く市民が参加する形での公売処分やバザー等を実施すればよかったのである。そのようなことをせずに、ひっそりと内部だけでデザイン博収支の辻褄合わせを行い、広く世論に批判された後にその合理性を縷々弁解してもたやすく信用することはできない。
六 名古屋市の取得価格について
1 購入されなかった転用評価額約三六億円相当の物件が廃棄処分された事実が示すもの
(一) 名古屋市が購入した約一二億円(転用評価額の合計)の物件と、名古屋市に購入されずいわば粗大ゴミとして廃棄処分された約三六億円もの物件とを具体的に比較してみるならば、ごく一部の物件を除き何も違いがない。控訴人協会所有の多数の施設・物件のうち、その物自体としては全く同種・同質の物件が、一方では購入され転用されたものもあるし、他方では処分されてしまったものもあるのである。この点にこそ、本件売買契約の本質は、控訴人協会に生じた赤字を穴埋めするため必要かつ十分な金額に相当する物件が購入されたという、その真相を垣間見ることができるのである。
(二) 名古屋市は、三会場全てから、その全ての分類物(建築・給水設備・電気設備・造園・ストリートファニチュア・工作物)を部分的に購入している。購入物と処分物の間には品名や品質では全く差がない。二、三購入物件を具体的に考察してみよう。まず、「ごみ箱」を見てみると、転用可能施設一覧表に掲載された「ごみ箱」は、合算するとスチール製ごみ箱が四四〇個、パンチングメタル製ごみ箱が四〇〇個、FRP製ごみ箱が三六〇個となるところ、名古屋市が購入した「ごみ箱」は、スチール製ごみ箱が四一八個、パンチングメタル製ごみ箱が二一三個、FRP製ごみ箱が三一四個である。これらから差し引き計算すると購入されたのと同質のごみ箱が、スチール製二二個、パンチングメタル製一八七個、FRP製四六個、それぞれ廃棄処分されたことになる。また同じように、「ベンチ」について見てみると、転用可能施設一覧表に掲載されたのは、ベンチAが五七八個、ベンチBが四五個、テーブル付ベンチが二三四個、シェルター付きベンチが一〇四個であるところ、名古屋市の各局で購入されたベンチは、ベンチAが四六五個(但し、一部「ベンチ」としか記載のないものが八一個あり、これは数量等から考察してベンチAとして計算した)、ベンチBが四二個、テーブル付きベンチが一三一個、シェルター付きベンチが二〇個となっている。同様に差し引きすると購入されたのと同質のベンチが、ベンチAが一一三個、ベンチBが三個、テーブル付きベンチが一〇三個、シェルター付きベンチが八四個、それぞれ廃棄処分されたことが判る。名古屋市が全く購入しなかったのはゲート類や巨額の評価額だった白鳥会場の外国館・白鳥ステージ等の建築物に限られる。外のほとんどの物件はその購入量には大小があるものの、ほとんどの物件が部分的に購入されているのである。
(三) 問題はなぜ購入金額が約一二億円だったかである。本件売買契約当時に名古屋市農政緑地局長であり、各局最多の金三億円余りの物件を購入したj証人は、「もともと農政緑地局で必要だということで買ったのは電話交換機・大型電光表示板など数点に過ぎない。ほかは総務局から売り込みがあり買わざるを得なかった。多数の樹木は通常は『ただ』で引き取るものだが、ただではだめだということでやむを得ず有償で引き取った。本丸ステージはc助役から購入の指示があり最終的には買わせてもらった。」等の証言をしている。j証人は当時の現役の農政緑地局長であり、証言当時は名古屋市とは無関係の地位にある公平な第三者であるし、その上申書(甲一八)や証言は同証人のメモに基づく正確なものであり信用性がある。なおj証人が幹部会でよくメモを取っていたことはc助役も認めている。
平成元年度予算に全く予算措置がされていなかったのに年度途中に急きょ合計一〇億円を超えるような高額で購入することになったこと、代金額は総務局から指示があり各局には値段交渉の余地はなかったこと、物件の内容を十分に吟味せずに購入したため農政緑地局の場合、高額で購入した本丸ステージの材料が建築基準法や消防法上問題があることが後日判明し支障を来したことなど、本件売買契約は異例な措置が幾重にも重なっている。そして名古屋市が本件物件を有償で取得したのは控訴人協会の赤字の予想を抜きにしては考えられない。控訴人協会が赤字でなければ名古屋市は必要な物件を無償で承継したに違いない。このことは控訴人協会副局長だった剱持が本件訴訟前に新聞記事で、「ただ、財政にもっとゆとりがあれば話は違っていたかもしれない。」と述べて、自認していたものである。しかも控訴人協会の構成団体のうち名古屋市以外の五団体はただの一点の物件も購入しなかった。もし本件売買契約が控訴人協会の赤字補填に関係なく、純粋にデザイン博の記念や使用物件の有効活用という目的で締結されたのであれば、その代金額がちょうど控訴人協会の赤字を補填し若千の剰余が出るという金額になるのは偶然にしては出来すぎている。控訴人協会の赤字を補填するため、名古屋市にどの程度の金額を購入してもらうという計画性を抜きに本件売買契約が締結されたなどとは到底考えがたい。なお本件売買契約後の平成二年三月、控訴人協会はその決算で剰余金二億一〇〇〇万円を全部名古屋市に寄附する方針を決定している。これらの点から、本件売買契約の真の目的は、控訴人協会の赤字を補填しデザイン博が成功したとの評価を確保する点に存在したことが、強く推認されるのである。名古屋市による控訴人協会からの諸施設・物件購入が約一〇億円で終了し、その余の転用評価額が三六億円にも上る物件が全て廃棄処分されたという事実は、控訴人a・同eら名古屋市トップに初めから控訴人協会の赤字を補填するため一〇億円程度の物件購入が必要だとの前提があり、それを達成するために本件売買契約が締結されていったことを物語るものである。そのような観点から見ると、助役や総務局長が幹部会で購入に消極的な各局局長らに購入方を督励した経過がよく理解できるのである。
2 名古屋市が多額の撤去・運搬費を負担した事実が物語るもの
(一) 控訴人は、転用に際し撤去・運搬が必要な物件について、控訴人協会は、撤去、運搬に要する経費は物件を購入する者が負担するよう求めた。名古屋市は転用会議において議論した結果、これを認め、撤去、運搬に要する経費を物件の価格に加算することとしたなどと、いとも簡単に述べているが、これは極めて不自然な価格設定である。本件売買契約はもともと控訴人協会が名古屋市にデザイン博で使用した物件を買い取ってくれるよう申し入れてきたことに端を発する。名古屋市はデザイン博で使用された物件を有償で取得することなどデザイン博開催前までは全く考えてもいなかった。平成元年九月にデザイン博の収支が赤字となることが予想されて以降、赤字を回避するために有償で売却しようと、控訴人協会が名古屋市に無理を願い出てきたという経過であるのに、どうして名古屋市が撤去・運搬費用まで負担して、かような高額な物件を購入する必要があるのだろうか。もともとデザイン博で使用された諸施設・物件などは、デザイン博開催期間中に多くの入場者に見て貰えればそれで目的を達成し、残存物件の一部はどこかに無償で引き継がれるものがあるかもしれないが、大半の物件はスクラップとして処分されるべき運命にあったはずである。それが後述の如く、一億円を超える金額の撤去・運搬費用まで名古屋市が負担して購入したのである。このようなからくりは不可思議と言うほかない。
(二) 本件売買の目的物たる物件や工事用材料の撤去・運搬費用について、民間の取引ならばその撤去・運搬費用などは売主の負担が常識である。本件に即して言えば売主の控訴人協会が費用を負担して構築物を撤去して工事用材料という商品を生産し、運搬費用を負担して買い主たる名古屋市の指定場所に商品を納品するのが商売上当然である。これは名古屋市が通常、物品や工事用材料を購入する場合にも当然に適用になる理屈である。現に本件売買契約が締結された乙一ないし同五〇までの売買契約書等にも、その約款に運搬費用は売主の負担とする旨、定型書式で印刷されている。ところが本件売買では、民間取引の常識や名古屋市契約書約款の記載とは異なり、撤去・運搬費用は買主たる名古屋市が負担することとされた。しかもその撤去・運搬費は、移設工事を必要としない物件は転用評価額の五パーセント、移設工事を必要とする建築物以外の物件は八パーセント、移設工事を必要とする建築物は一五パーセントとされているが、この金額は相当高額である。移設工事を必要とする建築物は、その転用評価額が名古屋市の取得価額の二倍であるから、移設を必要とする建築物については目的物の本体価格の何と三〇パーセントもの金額が、代金額に上乗せされて名古屋市の負担となったのである。もっとも費用の少ない移設工事を必要としない物件でも取得価額の約五・六パーセントの負担となる。これに移設工事を伴うものの撤去・運搬費を加算すると、名古屋市の購入した物件の撤去・運搬費は合計でおそらく一億円程度の金額となったと考えられる。
(三) このように撤去・運搬費まで名古屋市が負担して購入するというのは、いわば「名古屋市におんぶに抱っこ」の形で行われたということである。このような不自然な形で売買契約が締結された理由は、控訴人協会が撤去・運搬費用を負担して納品するような資力が存しなかったというだけでなく、控訴人協会が撤去・運搬費用まで負担するという方式では、当時予想されていた控訴人協会の赤字を補填するため名古屋市が物件をいくら購入すればよいか予測が立たなくなってしまうからであった。どこの世界に人口二一〇万人を超えるような大都市が、当初予算に計上されていないのに約一〇億円もの巨費を投じて中古物品を購入し、さらにその購入のために約一億円もの額の撤去・運搬費まで負担するものがあろうか。本件売買契約がデザイン博の赤字を回避するため締結するものであったからこそ、売買日的物の撤去・運搬費まで名古屋市が負担して行われたものとしか考えられない。かように撤去・運搬費まで名古屋市が負担して購入したという点に、本件売買契約の実態がデザイン博の赤字隠しだったという点が見て取れるのである。
七 まとめ
以上述べた諸点から明らかなように、本件売買契約はデザイン博の赤字隠しのため行われたものであって、その支出は地方自治体の必要な経費とは言えない。決して「赤字隠し」は幻想ではなく、「赤字隠し」こそが本件各契約の真の狙いだったのである。したがって、本件各売買契約はその動機・目的の点において違法であり、それに加え必ずしも購入の必要性のないものを、価格の妥当性につき十分吟味もせず、また随意契約の制限に関する法令に違反して締結した点でも違法であることは明白である。それは双方代理禁止規定に違反してなされたことによる弊害が現実化したものである。換言すれば、本件各売買契約による代金の支出は地方自治法所定の「必要な経費」とは言えず、名古屋市長としての裁量権の範囲を著しく越え、または裁量権を濫用して行われたものであるから、違法性の評価を受けることは間違いない。
第二 民法一〇八条の適用について
一 はじめに
控訴人らの本件契約に双方代理の規定を適用すべきでないとする理由は、要するに<1>控訴人協会は名古屋市が行うべきデザイン博の開催運営を目的として期間を限って設立された団体であり、その損益は本来名古屋市に帰属すべきものであって、控訴人協会と名古屋市とは実質的には同一人格とみるべきであるから、両者の間には利益の相反関係はないことと、<2>デザイン博終了後、それに使用された施設、物件を、有効利用を図ることを目的として適切な者に売却することは、廃棄処分するよりはるかに優れた判断であり、控訴人協会、名古屋市とともに公益実現のためには本件契約を結ぶべきであって、控訴人協会代表者であり、かつ、名古屋市長である控訴人aには本件契約を締結すべき責務があったのであるから実質的な利益相反関係はないことの二点にすぎない。しかし、これらの主張は全く根拠のない空論である。
二 まず、控訴人協会と名古屋市とが実質的に同一人格であるという点については、<1>控訴人協会は、昭和六一年一二月二六日、通商産業大臣の許可を受けて設立された民法上の公益財団法人であり、名古屋市とは別個の法人である。控訴人協会は、デザイン博の準備及び開催運営を行うことにより、デザインを通した産業及び文化の発展を図るとともに、国際交流を促進し、もって国民生活の向上に寄与することを目的として設立されたものであり、独自の資産を持ち、その管理処分の方法について厳格な定めがあり、役員の選任方法や組織の構成、権限も整備されている等、独立した法人としての要件を完全に満たすものである。したがって、その損益が名古屋市に当然に帰属するものではないことは明白である。<2>名古屋市の市制百周年記念行事のメインイベントであるデザイン博の準備及び運営を行うことは本来名古屋市の行うべき事業であり、これを控訴人協会が名古屋市にかわって行っていたものであるとしても、市の行うべき事業を行う団体であるからといって、市と一体であるということにはならないし、それによって利益相反関係が解消するということもない。<3>名古屋市と控訴人協会とは財政面における一体性もない。控訴人協会の基本財産のうちの名古屋市の出資割合は半分に満たず、その余は愛知県や民間団体が出資している。また、負担金二〇億円のうちの半分の一〇億円は、愛知県と民間が拠出している。このように、名古屋市は控訴人協会の財政の一部を負担しているに過ぎず、財政面での一体性があるとは到底言えない。なお、控訴人らは、地方自治法一四二条の兼職禁止規定の適用除外の対象となる法人は、普通地方公共団体が資本金・基本金その他これに準ずるものの二分の一以上出資している法人とされていることを根拠に、普通地方公共団体が当該法人に二分の一以上出資している場合は、普通地方公共団体が当該法人に対して実質的支配権を有していると認められるから、利益相反関係はないと主張し、その例として土地開発公社を挙げている。しかし、土地開発公社と地方自治体との間の土地の売買においてすら、双方代理禁止の趣旨が働き、名古屋市土地開発公社は名古屋市と土地売買契約を締結する場合、理事長である控訴人aを代理人とせずに副理事長を代理人としている(甲三八の1ないし7)。
控訴人協会は、名古屋市が二分の一以上出資している法人にすら該当しないのであるから、より強く双方代理禁止規定の趣旨が働くと考えるべきである。<4>名古屋市と控訴人協会は人的組織の一体性もない。控訴人協会において、最高意思決定機関を構成する理事五三名中、名古屋市職員はわずか三名に過ぎず、その他の理事のほとんどは民間会社や民間団体に所属する人達である。また、理事の事務執行を監査する監事五名中、名古屋市職員は一名だけであり、他は愛知県職員と銀行の役員である。控訴人協会の事務局についても、デザイン博開催中の職員数を見ると、名古屋市職員が過半数を占めるとはいえ、三分の一以上の職員は他の団体から派遣され、あるいは控訴人協会が独自に雇用した人達である。
三 本件契約が公益実現のために締結されるべきであるという点については、以下のとおり、本件契約は名古屋市の負担によって控訴人協会の赤字を補填するという名古屋市の公益に反する内容の契約であることは明白である。デザイン博に使用された施設、物件を有効利用するには、名古屋市が無償で控訴人協会から譲り受けるという方法もあり(名古屋市と控訴人協会が同一人格であるとするなら、むしろこのような方法を採るのが当然であり、名古屋市が有償で購入するということは考えられない)、控訴人協会からの売却の申出に対しては、名古屋市としては、それに応ずるとしても対価を無償とするかできるだけ安くすべく控訴人協会と交渉し、名古屋市にとって有利な条件を引き出すのが、限られた税金を有効に使うという公益目的にかなった対応であることは明白である。名古屋市がこのような交渉を一切せずに、控訴人協会の提示した設置価額に一律に〇・九あるいは〇・五を乗じた金額で買い取るということは、税金の無駄遣い以外の何物でもない。
四 以上述べたとおり、名古屋市と控訴人協会とは、本件契約について実質的利益相反関係があり、本件契約は双方代理を禁止した民法一〇八条に違反した違法、無効なものであるとした原判決の判断こそ正当である。
第三 控訴人らの損害論に対する反論
一 住民訴訟における損害なしい損失
地方公共団体は、当該公共団体内の住民の利益に最大限の奉仕をしなければならないという基本的責務を有しており、予算の執行等も不正や偏向を極力排除し、かつ最も有効、効率的な使用につながる運用をしなければならないとされている。右基本原則に即応するべく、普通地方公共団体の財産は、原則的に条例又は議会の議決による場合でなければ処分できないものとされ(地方自治法第二三七条二項)、普通地方公共団体の財務会計上の行為につき、日常的に議会の民主的監視、民主的コントロールを及ぼせることにしているのである。
したがって、法令に違反してなされた違法な財務会計上の行為、又は議会の議決によることなく若しくは議会の議決を不当に回避してなされた財務会計上の行為によって、地方公共団体から当初に支出された金員それ自体の金額が、違法な財務会計上の行為に基づく損害額ないし損失額と解されるべきである。
二 寄附による損害の減少論に対する反論
1 控訴人協会の残金二億一〇〇〇万円は、控訴審の口頭弁論終結時点においては、名古屋市に残金が寄附されることが決定されていないのであるから、損害が当該寄附分だけ減少したという事実は存在しない。控訴人らの主張は、単なる期待に過ぎない。
2 控訴人協会の寄附行為第三六条によれば、控訴人協会は、解散する場合の残余財産については、控訴人協会の理事会の議決を得た後、通商産業大臣の許可を得て、控訴人協会と類似の目的を持つ他の法人又は団体に寄附するものとされている(丙三)。控訴人協会の目的は、寄附行為第三条によれば、一九八九年の名古屋市におけるデザイン博の準備及び開催運営を行うことにより、デザインを通じた産業及び文化の発展を図るとともに、国際交流を促進し、もって国民生活の向上に寄与すること」(丙三)であって、寄附の相手方である名古屋市が、控訴人協会と類似の目的を持つものでないことは明白である。控訴人は、名古屋市と控訴人協会は、類似の目的をもつものと主張するが、普通地方公共団体であれば、すべて産業及び文化の発展、国際交流の促進、国民生活の向上に寄与するといった抽象的目的を有することは明らかであって、それだけの理由で控訴人協会と名古屋市が類似の目的をもつというのは論理の飛躍である。よって、控訴人協会の理事会で寄附が議決されていたとしても、名古屋市に対する寄附は、寄附行為に違反した違法なものであって、仮に議決どおりに寄附がなされたしても、法的に無効なものに外ならない。
3 本件名古屋市への寄附は、現在に至るまで通商産業大臣の許可はなされておらず、通常この種の寄附は、博覧会と同種の目的を持つ基金を設立することが実務の通常の運営であることに鑑みれば、今後通商産業大臣からの許可がなされるという保障はない。控訴人らは、公式記録のメッセージから、通商産業大臣が名古屋市の寄附を承認する事は明らかであると主張するが、右事実は、法的には何ら立証されていないというほかない。右事情によれば、控訴人協会が名古屋市へ二億一〇〇〇万円を寄附する点につき、適法に実施できる見通しは少ない。なお、通常、寄附の残金は、博覧会と同種の目的をもつ基金を設立して、運営することが行政実務の近常の実務例であるから、控訴人らの右主張はこの意味でも行政実務の例を逸脱したものといわざるを得ない。
4 また、控訴人らが今回なした『残金が寄附されることによる損害の減額』の主張は、控訴審になって初めてなされた主張であり、時機に遅れた防御方法というべきであって、民訴法一三九条により却下されるべきである。
三 赤字補填に伴う損害の減少論に対する反論
1 控訴人らは、控訴人協会が赤字となった場合は、名古屋市が赤字を補填すべき立場にあったものであるから、赤字補填部分は損害に該当しないと主張する。
2 しかし、まずここで発生した赤字は、名古屋市とは別人格の控訴人協会の赤字であって、名古屋市の赤字ではないのである。控訴人らは、この点につき、控訴人協会そのものが、名古屋市の分身または一部分といえる存在であると主張するが、この主張はまったく不合理である。仮に控訴人協会が、名古屋市の分身または一部分であるとしても、どのような法的根拠で、同一行政主体の中で、各分身が物品を有償で譲渡し得るのか、控訴人らは全く説明していない。控訴人らの主張が正しいとすれば、名古屋市の建築局が赤字であれば、赤字を補填するために建築局が保有する物品を農政緑地局が有償で購入し得るということになるが、この不合理は明白である。
3 控訴人協会が赤字となった場合に、実際に協会構成団体が赤字を補填するのか、控訴人協会を破産させて処理するのかなどの具体的方策については、現実には世論の動向をふまえて民主的に決定されるべきものであって、控訴人らの主張は、控訴人協会が赤字の場合は、その構成団体が当然に赤字を補填すべきであるとのひとつの考え方を、所与の前提とするものであって論理の飛躍がある。また、仮に控訴人協会の構成団体が、赤字を補填することに実際に決定されたとしても、構成団体の一つに過ぎない名古屋市のみが赤字を補填すべき立場にあることは当然の結論ではない。当然他の構成団体も赤字を補填すべき立場に立つというべきである。また、発生した赤字をすべて補填すべきか、発生した赤字のうち一定限度のみ補填すべきかも議論が大いに分かれるところとなろう。控訴人らの主張は、名古屋市のみが発生した赤字をすべて補填するべきであるという特別の考え方を、あたかも選択の余地のないものとして当然の前提としており、その意味でも到底とり得ない主張である。
4 控訴人協会は、八億円余りの赤字が発生する事実を、その時点で公表するべきであったのである。控訴人協会は、公表した後、名古屋市に補助金の交付を求めるなり、破産手続に移行させるなどの措置をとればそれでよかったのである。名古屋市としては、議会の承認を得て、補助金の交付を決定すればそれで足りたのである。控訴人らが、控訴人協会の赤字が社会に公表され、自己の政治責任が追及されることを極度に恐れたため、議会の民主的コントロールを得ないで秘密裏に処理しようとして本件のごとき違法な双方代理行為をなしたことは明白である。
5 控訴人らの主張は、要するに、本件各売買契約の有効・無効や違法かどうかを問わず結局名古屋市は、右金額の支出が必要であったものであるから、損害はないというべきであるという立論であり、これは、結果がよければすべて良しとする、極めて乱暴な立論であって到底法的主張とは言いがたい。
6 控訴人らの例示する最高裁昭和五五年二月二二日判決は、本件のごとき双方代理に違反してなされた行為について判示したものでなく、本件と全く事案の異なるものであって、何ら本件に関し法源の価値を持たない判例である。
7 また、控訴人らが今回なした『控訴人協会の赤字補填分が損害に該当しない』との主張は、原審では全く主張されなかったものであり、控訴審になって初めてなされた主張であり、時機に遅れた防御方法というべきであって、民訴法一三九条により却下されるべきである。
四 対価性の主張への反論
1 控訴人らは、不法行為によって、被害者が利益を受けた場合は、利益の分を控除して、損害額を算定すべきとする。しかし、住民訴訟における損害については、基本的には違法な財務会計上の行為に基づき支出された金員自体が損害と考えられるべきである。本件において違法な双方代理行為がなされないならば、名古屋市として、本件各物品を購入すること自体がなかったのであり、出資した金額から購入した物品の現存する価値を減殺した金額が損害ないし損失であるという考え方は取るべきでない。控訴人らの主張は、例えば、押し売りから物品を購入させれられた被害者の損害ないし損失を考察するに際して、押し付けられた物品の価値を減殺せよとの主張が極めて不当であることと対比すれば明らかである。それゆえに、原審では、本件で問題となった個別の売買契約の代価が適性であったか否かの点につき、原審の裁判長から、敢えてその点は主張立証を要求しないとの訴訟指揮がなされていたのである。
2 万一、対価性が問題となるとしても、控訴人らから本件購入物品と購入代金との間に価値的な対価性が存在するとの証明はまったくなされていない。本件購入価格は、移設を伴う物品・施設は設置ないし購入価格の五〇パーセント、移設を伴わない物品・施設については、設置なしい購入価格の九〇パーセントと決定されている。しかし右決定の合理性は何ら存在せず、右割合に決定された根拠も極めて不明朗なものである。本件価格は、控訴人協会が、右価格の割合および収支上見込まれる赤字額から逆算して、売却可能な物品数ないし施設数を算定したものに外ならない。また、購入についても名古屋市の総務局からの指示があり、名古屋市各局が総務局の指示に基づいて購入し、それのみならず、物品の運搬費および解体費も購入者側の名古屋市が負担するという異例ずくめの形態がとられたものである。控訴人らは本件物品が博覧会期間中使用されたものであることを考慮しても、残存耐用年数の点から考えて、購入代金と目的物との対価性は存在すると主張するが、半年余りの博覧会期間中使用された物品の価格が、新品価格の九〇パーセントであるなどとは取引社会の通念からは到底認められない。
3 次に、本丸ステージ材料の購入価額を例に、名古屋市の購入価額がいかに不当なものであるかを論証する。
(一) 本丸ステージ材料は、控訴人協会の作成した世界デザイン博転用可能施設一覧に記載された単体建設価額一億二〇〇〇万円(丙七No.2、なお控訴人らの主張の要旨別表中の本丸ステージ材料の転用評価額は、一億一九〇〇万円となっているが、一億二〇〇〇万円の誤りと思われる)に、〇・五を乗じた金六〇〇〇万円に、撤去運搬に要する費用一七三五万円を加え(i調書)、消費税を加算した七九六七万〇五〇〇円で控訴人協会から名古屋市へ売却されている。
(二) 控訴人らの主張によれば、本丸ステージの会場設置価額は、一億四四八七万一〇〇〇円となるところ、控訴人協会が名古屋市に提示した単体建設価額が一億二〇〇〇万円であり、右会場設置価額と齟齬がある点に、控訴人協会の提示金額算定自体、杜撰であったことが窺われる。
(三) 名古屋市は、本丸ステージ材料を東山動物公園の無料休憩用施設と同植物園内の種苗保管用倉庫として利用するという名目で購入したものであるが、世界デザイン博設計連合が作成した積算書の明細に記載された工事の中には、以下のように、右利用目的には不要で現実にも使用されていない工事が多数含まれている。
(1) 共通仮設工事四二〇万円(丙二四の四三丁)は、控訴人協会が本丸ステージを建設する際の仮設工事費用であり、本丸ステージ完成時には撤去されているものであるから名古屋市の購入の対象とはなり得ない。
(2) 建築工事(丙二四の四四丁、四五丁)のうち、<1>直接仮設工事代六二六万七〇〇〇円、<2>土工事代四一八万四八五〇円、<3>地業工事代二七万二〇〇〇円、<4>コンクリート工事代一六五万八四五〇円、<5>鉄筋工事代四九万七六〇〇円、<6>防水工事代一五万二八〇〇円、<7>木工事代のうち、木材七八五万円を除くその余の工事代一六七七万〇九〇〇円、<8>屋根・テント工事代のうちテント代六四八万円、<9>金属工事代(型枠用角パイプ)六〇万三二〇〇円、<10>左官工事代一三万五〇〇〇円、<11>木製建具工事代五九万八〇〇〇円、<12>ガラス工事代一〇万六〇〇〇円、<13>塗装工事代五九八万八〇〇〇円、<14>内装工事代二三〇万二〇五〇円、<15>雑工事代のうちレプリカ四〇〇万円、アンドン二〇〇万円を除くその余の工事代一八〇五万四〇〇〇円、<16>外構工事代五〇〇万円、以上合計六九〇六万九八五〇円以上は、(1)と同様本丸ステージ完成時撤去されているもの(<1>、<9>)、解体の際に壊れて・再利用できないもの(<2>、<3>、<4>、<5>、<6>、<7>、<10>、<13>、<14>、<16>)、もともと短期の使用しか考慮されておらず、耐久性に欠け再利用できないもの(<8>、<15>の一部・バナーは装飾用の布である)、あるいは名古屋市の利用目的から見て不用であり、現に使用されていないもの(<1>、<12>、<15>の大部分)であって、いずれも、名古屋市の購入の対象とはならないものである。
(3) 設備工事一三六二万八四二四円(丙二四の六七丁ないし九三丁)は、名古屋市の使用目的から見て、電灯コンセント設備工事、電話配管設備工事、放送設備工事、火災報知設備工事(以上、電気設備工事)、給排水衛生工事、空気調和設備工事は不用であり、現に使用されていないから、名古屋市の購入の対象とはならない。
(四) 以上の購入の対象とならない工事の費用を除いて、購入の対象となりうる工事の費用を算出すると、三七三〇万六一〇〇円となる。これに、諸経費として、積算書にあるのと同じように約一三パーセントの金額を加えても、四二一五万五八九三円にしかならない。これには、変更後の基盤工事の設計料、工事代金は含まれていないが、これらは、もとより再利用不可能なものであって、名古屋市の購入の対象とはならない。このように、名古屋市が購入後、無料休憩用施設および種苗保管用倉庫として利用できる本丸ステージ材料の新築時の総額は、せいぜい四二〇〇万円程度であることは世界デザイン博設計連合の作成した積算書(丙二四)を一見しただけで明白である。
(五) 右金額は新品の価額に工事手間賃や諸経費まで加算されているものであるから、名古屋市の購入価額の妥当性を検討するには、購入の対象となるのが約半年間使用された中古の材料そのものであることを考慮しなければならない。そして、社会の現実の取引通念からすれば、このような解体された建物の材料は、再利用するには多額の費用がかかるため、通常は、廃棄物として処分される運命のものであって、その交換価値は、ゼロというより、むしろマイナスとみるべきことは、常識である。
(六) なお、付言するならば、名古屋市が現実に再利用したと思われる物品は、購入後の東山公園内での保管状況を撮影した写真(甲三)を見る限り、鉄骨と木材だけである。この点については、i証人も同旨の証言(同証人調書)をしている。しかも、これらは雨ざらしになっており、全てが使用されたとは到底考えられない。これらの物品購入後、名古屋市がさらに約九〇〇〇万円を支出して無料休憩用施設及び種苗保管用倉庫を建築した事実(同証人調書)に照らすならば、名古屋市の購入した本丸ステージ材料は、ほとんど使用されずに廃棄されてしまったものと推認される。
(七) このような、世間では廃棄物としか見られない物品(しかも、現実に廃棄されてしまったと思われる物品)を、新築時の総工事価額の五〇パーセントもの値段に多額の撤去・運搬費用まで加算して購入するというのは、非常識を通り越し、デタラメと言うしかない。控訴人らは、本件売買契約により、名古星市は対価に相当する物品を取得したと主張するが、実態は、名古屋市が廃棄物の処分を控訴人協会に多額の金を支払って引き受けたというものである。このように名古屋市が取得したのは、実質的に交換価値がゼロあるいはマイナスの廃棄物であるから、本件売買契約に基づいて名古屋市が支出した金額全額が名古屋市の被った損害というべきである。
4 名古屋市の購入した物品が本来廃棄物として処分されるべき交換価値ゼロあるいはマイナスの物品であったということは、本丸ステージ材料だけではなく、他の購入物品全てにも当てはまる。
(一) 例えば、名古屋市は、控訴人協会から便所Aを一三六五万円で購入し、公園内の倉庫用施設として利用している(別表番号67)が、世界デザイン博設計連合による便所Aの積算額の明細(丙三一)を見ると、転用後の使用目的からして全く利用されない施設設備の工事費用も含まれており(共通仮設工事八六万円、直接仮設工事一一八万二四一〇円、土工事二一万一七一〇円、鉄筋工事一一万八三〇〇円、コンクリート工事六三万五八〇五円、防水工事三万八六九五円、左官工事一六万九三九〇円、木製建具三四万三〇〇〇円、塗装工事六七万五六四〇円、雑工事一二三万五七〇〇円、設備工事三六一万一〇〇〇円)、それらを除くと、再利用可能部分の新築時の価額は、諸経費約一三パーセントを加算しても、一四四八万一四六二円にしか過ぎない。しかも、右再利用可能な部分も、本来は解体時に廃棄物として処分されるはずのものである。なお、右金額は、VE提案によって屋根が着色鉄板段葺からテント張りに、柱梁角波鉄板貼が鉄骨露出O・P塗り(丸柱)に変更される前の金額であって(丙三一の八〇丁)、変更後の再利用可能部分の新築価額はさらに低額になるものである。また、屋根をテント張りに変更したことは、本物件がデザイン博開催期間中の短期の使用しか考慮されていなかったことの証拠である。このような物品の購入は全て、本丸ステージ材料の購入と同様、実態は名古屋市が廃棄物の処分を控訴人協会に金を払って引き受けたものであると見るべきである。
(二) 名古屋市の購入した物品の中には、同じものまたは同等品についてカタログが存するものが多数含まれている。これらは、いつでも新品を購入できるものであり、デザイン博の記念性が全く無いことは明白である。これらの大半を、名古屋市は控訴人協会が提示した転用評価額の九〇パーセント以上の金額で購入しており、中には新品のカタログ価格より高い金額で購入したもの(同別表番号1、168、238、239)すら存在する。一般に新品が市場で販売されている商品については、購入後、開封しただけでも中古品となり、半額以下でしか売却できないことは常識である。本件購入物品のように、半年間も公衆雑踏の中で酷使された物品を処分しようとすれば粗大ごみとして有償で市に引き取ってもらうしかないことは、誰の目からも明らかである(どこの誰が使ったかわからないようなゴミ箱や灰皿、便所等を買う者などいるはずがない)。よって、このような物品の購入も全て本丸ステージ材料の購入と同様、実態は名古屋市が廃棄物の処分を控訴人協会に金を払って引き受けたものであると見るべきである。
(三) 結局、名古屋市は、デザイン博終了後廃棄物として処分される運命にあった交換価値がゼロあるいはマイナスの物品を、本件各売買契約により総額約一〇億四〇〇〇万円もの金額を支出して購入したことになる。よって、右支出金額全額が名古屋市の被った損害となるのである。
5 仮にいわゆる損益相殺の考え方が本件事案において妥当すると仮定しても、名古屋市及び名古屋市民は、全く不用な中古品を市民の税金により、不当に高価な価格で購入させられたものであって、何らの利益をも享受していない。例えば、控訴人aは、当審における供述において、東山公園の子供休憩所につき、当時は財政状況が厳しくて通常ならば、予算措置はつかなかったと思うと証言している。右証言からも窺えるとおり、名古屋市は、購入の必要性のある物品(当該予算年度ないし次年度において予算措置がとられる予定の物品)を購入したという関係にあるものではなく、まったく購入の予定のない(予算措置がとられる予定すらなかった)物品を、従来の名古屋市における行政実例に著しく反する過程を経ることにより、不当に高額で購入しているのである。また、さらに実例をあげれば、農政緑地局が購入した鉄骨造膜構造ファンシー便所一棟及び鉄骨造キャンパス張便所一棟の大型建築物材料は、便所として購入したにもかかわらず、それぞれ倉庫に転用したという結果になっている。このような杜撰かつ無展望な購入品の利用がなされたのが現場の実情であって、本件物品が対価性を有するなどとの主張は、全くの詭弁に過ぎない。
第四 責任論についての反論
一 住民訴訟における行政裁量の法的許容範囲は株主代表訴訟における「経営判断の原則」と類似するものではない。
1 普通地方公共団体は、その行政行為、行政作用等が当該地方に居住する住民の生活全般にわたって、大きな影響を与えるものであり、住民の福祉、教育、環境等あらゆる面に直接、間接に影響を与える。この影響は単に住民だけでなく、そこに出入りする人々やその地域に存在する企業等の法人や団体等にも影響を与える。しかも、普通地方公共団体の持つこのような力は任意的なものではなく、ときには強制力を有するものであり、その経費は住民の支払う税金によって賄われる。したがって、普通地方公共団体の税金は、行政側に立つ人々によって万が一にも恣意的に用いられてはならず、その支出については、厳しいチェックが要求される。地方自治法二条の三項にわざわさ事務の内容を例示したり、また同一三項で「地方公共団体は、その事務を処理するに当たっては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と規定するのはそれ故である。
2 普通地方公共団体の首長等における行政裁量は、普通地方公共団体の目的や事務や行政原則に違反しない範囲内のことに限定されるのは当然であり、いやしくもその濫用行為や違法行為が裁量の範囲内に入ることはあり得ない。また、緊急性や政治性は違法性を何んら阻却する事由とはならず、別個の問題である。本件における控訴人らの行為は、緊急性もなく政治的にも妥当性を欠くものであり、いずれにしても裁量の範囲を大きく逸脱した違法行為である。
3 一方、株式会社は営利法入である。株式会社の代表取締役は基本的に当該会社の営利追求に利する行為であれば、それは「経営判断の原則」の枠内の行為として是認され得るのであって、普通地方公共団体における首長等裁量行為とは全く性格を異にするものである。しかしながら、たとえ如何に会社の利益になる行為であっても、それが違法なもの、例えば贈賄罪を構成するような不法行為についてまで「経営判断の原則」が及ぶものではないことを付言する。
二 故意ないし過失(重過失)について
1 本件各物件の名古屋市による購入は、当初から市長であった控訴人aとその側近である市の上層部により推進されてきたものであり、特別な意図が働いたが故に本件各契約の締結に至ったものである。控訴人らは、全て当該行為について、本来的には故意による共犯者、共同不法行為者である。万一、故意がないとしても全員に重過失があることは明白である。
控訴人a、同e及び同bには、次のような各注意義務があったにもかかわらず、右控訴人らは、故意(又は過失)により、ことごとくこれら注意義務に違反して、名古屋市をして本件各契約をなさしめ、当該契約に基づく売買代金の支出をなさしめたものである。<1>デザイン博の赤字を回避する目的で本件各物件を購入してはならない。<2>双方代理となる契約をしてはならない。自らが売主となり、買主となる契約がおかしい(許されないものである)のは当然である。<3>何らの予算措置なく、名古屋市の支出をしてはならない。<4>競争入札等の財務上の手続きを無視して購入してはならない。<5>名古屋市にとって、不必要なものを購入してはならない。<6>不当に高額なものを購入してはならない。
控訴人らは、いずれも本件各購入物件が名古屋市にとって必要のない物件(不必要な物件)であることを認識していたし、その購入価格が極めていい加減で適正を欠く価格であることを知っていたし、真の購入の目的が名古屋市による必要物件の購入ではなく、デザイン博が赤字決算となることを回避することであることを知っていたのである。このような注意義務違反がある以上、控訴人aらが行政裁量の範囲を大きく逸脱していることは明白であり、行政裁量論を論ずるまでもなく、控訴人aがその個人責任を負うべきは当然である。
控訴人a、同e及び同bは、多忙な日常執務の中で決裁に際し、購入物件の各々について「真に購入する必要があって購入されたものであるかどうか」、「個々の物件の価格の妥当性について実質的な調査がなされているかどうか」等について検討確認することは極めて困難である等と主張するが、そのようなことはない。そのような検討は、そのための補助職員もおり、むしろ極めて容易である。要は、チェックをする意思があるか否かにかかっているに過ぎず、控訴人aらは本件契約については、もともとチェックをする意思が全くなかったに過ぎなかったのである。
2 控訴人aらの責任を認定するについて、名古屋市に損害が発生することを認識していることは必要ではない。控訴人らの責任を認めるには、控訴人らにおいて、当該行為が違法であることを認識しているか、若しくは違法であることを認識し得る可能性があるにもかかわらず不注意で認識しなかったことをもって足りる。もっとも、本件では、控訴人らは全て違法性や損害の発生を認識していたものである。
なお、控訴人らは、故意について「自己の財務会計上の権限行使が違法であることを認識した」ことが必要であると主張しているが、違法となる事実の認識があればよく違法性の認識は必要がない。控訴人らが指摘する大阪高裁の判例は、本件と全く事案を異にするものである。
その違法性の判断が極めて困難なものであり、専門的知識を有する者であっても、はたして「献穀祭」の公金支出が違法となるか否かを判定することが困難な事案である。したがって、この判例を本件にあてはめ、控訴人らの責任が無いというのは当たらない。
また、控訴人らは、過失の概念についても「違法性の認識を欠いたことについて注意義務違反があったこと」としている点で不当である。不注意による違法な行為(事実)の回避義務(回避すべき注意義務)の違反が過失である。
以上